20100528

ブラジル渡航レポートVol.15

先月4月に渡航したMaria fogueteiraさんのレポートです。

ブラジル滞在レポート
新潟支部 吉田知美(Maria Fogueteira)


私が東京でカポエイラに出会って8年が過ぎ、「いつかはブラジル」と思いながらなかなか実現しなかったブラジル行きがついに現実のものとなりました。

2007年に東京から新潟へ引越し、それと同時に私のカポエイラ練習環境ががらりと変わりました。それまでは先生たちの後についていけばよかった受け身の状態から、逆に自分が引っぱっていかなければならない立場へ。

仕事の合間をぬっては、暇さえあればカポエイラのことばかり考えている私の様子をみて、夫もついに理解をしてくれてようやく今回の渡航が実現しました。ブラジルに行くなんて最初は冗談で言っていると思われていたようですが、最終的には「強くなって帰ってこい」と背中を押してもらいました。

久々の海外、そして初めてのブラジル。
準備しながら心配ごとや不安もたくさんありましたが、目的ははっきりしていました。カポエイラをしてくること!!!
言葉の壁はやはりなくすことはできませんでしたが、カポエイラという共通の言語がなければ半分も楽しめなかっただろうというのが正直な感想です。

今回は神奈川支部のAlbatroz先生と一緒に出発し、帰りは私が先に帰国したのですが準備期間から滞在期間中にもなにかと助けていただき、とても感謝しています。
私たちがリオデジャネイロに到着した前日は豪雨だったらしく、初めて出会うブラジルの空は写真で見た抜けるような青さとはほど遠く、新潟と同じどんより曇り空でちょっと期待外れでしたが、それ以外は見るものすべてが新鮮で刺激的でした。

私の滞在期間中、前半の数日は毎日のように雨が降りどこにも出かけることができませんでしたが、その分カポエイラに充てる時間が十分取れたのでラッキーだったのかも知れません。

朝は雨の音や鶏の鳴き声で目を覚まし、起きて朝食をとり、その後道場で練習。
昼食を食べて休憩(昼寝)。
ビリンバウやアタバキの音が聞こえてきて目が覚め、道場へ行くとみんなが集まっている。夜のレッスンを受けてシャワーを浴びて、夕食、寝る。

寝ること、食べること、カポエイラすること、それだけで一日が過ぎてしまうという贅沢な日々を過ごしてきました。
食べ物に関しては心配もしていましたが、いざ行ってみると全く問題なく、どれだけ食べても次の食事のときには空腹だったので、またお腹いっぱい食べさせてもらっていました。それだけ体を動かしていたということでしょう。
心配していた虫(蚊)に悩まされることもなくとても快適に過ごすことができました。



カポエイラに出会っていなければ決して行くことのなかったであろうブラジル。
Cordão de Contasの一員であるというだけで、温かく受け入れてくださったMestre Décioとご家族のみなさん、そしてイタグアイのCordão de Contasのみなさんには、大きな家族の一員として受け入れてもらえたことがとても嬉しかったです。
Mestre Décioに稽古をつけてもらったこと、事細かにアドバイスをいただいたこと、アタバキを習いたいと言った私にMestre Vagalumeが叩き方を教えてくれたこと…思い返してみればあっという間のできごとでしたが、中身の濃い9日間でした。

練習が終わっても尽きることのないパワーで延々とアクロバットの練習を続ける子供たち。バク転やって見せて!と言われ、やってみると予想上に喜んでくれて、もう1回、もう1回と乗せられて何度もやる羽目に。
コレできる? と次々といろんな技を見せてくれて、見よう見まねで一緒に練習したり。
ホーダの時に、調子に乗ってバク転をしたら予想通り、わぁ~っとみんなが喜んでくれてやった!と心の中でニヤリとしてしまいました。



滞在中に他団体のホーダにも連れていってもらったことや、Professor Chocolateがカポエイラを教えている小学校に行って子供たちとJogoしたことなども、非常に貴重な経験となりました。

いくつものホーダに参加して感じたことは、ブラジルでは本当にいろんな人がいて、肌や髪の色、(きっと)目の色も異なった人たちがみんな「ブラジル人」で、そんな多様さの中でカポエイラは受け継がれてきたのだなあということ。そのことを肌で感じられたことがとても大きかったと思います。どんな人でもカポエイラは受け入れてくれるという懐の深さを見た気がしました。Jogoが上手か下手かは問題でなく、その場にいる全員で”Roda”を作っていくということ。そんなカポエイラが私はやっぱり大好きだ、と思いました。

あれほど「遠い国」だと思っていたブラジル、一生に一度のことかもしれないと思って臨んだ今回の渡航でしたが、帰国する時には「また来年も…」などと次の計画を立ててしまう自分がいました。



ブラジルから帰国して早1ヶ月上が過ぎました。
滞在期間中に、「日本に帰ったら、新潟に帰ったら、あれをしようこれをしよう」といっぱい考えてきたのですが、このレポートを書きながらまだほんのわずかしか実行できていないということに気がつきました。ブラジルで学んできたことを今後にしっかりと生かしてこそ行った意味があると思うので、お世話になった方々の感謝の気持ちも込めてまた今日から頑張りたいと思います。

まだ始まったばかりの新潟支部ですが、これからもっと良くなっていけるようみんなと力を合わせていきたいと思います。

Maria Fogueteira
吉田(長谷川)知美

20100520

支部長ブログVol.46

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

CCJカポエイラ協会
代表池村

今年に入ってから色々ありました。

関西支部
まず2月中旬に、大阪支部での講習会がありました。今回で3度目です。
沢山の参加者で、濃厚な時間はあっという間に過ぎていきました。30人以上いましたので、全員とはJogo出来ませんでしたが、Guraduado以上のレベルの生徒さんとは、AngolaでのJogo出来ましたので、今回のテーマとしては良かったのではないかと思います。次回はうまく皆と出来れば良いですが、体力が持つかはやってみないと分かりません。また来年。


東京本部
そして、先日のゴールデンウイークですが、目黒道場にてカポエイラ集中講座を開催。
各支部から沢山の参加者で賑わいました。

歌あり踊りあり、楽器に基礎練、カポエイラ映像に分析と、時間を余す事なく出来ることを全て盛り込んでみました。
その中でも、4日に行った第一回全支部合同Roda(全国大会)は約130名が参加し、Rodaを二つに分けて時間の許す限りJogoを楽しみました。
女性のみ、男性のみ、帯のレベル毎、上級者パフォーマンスなどなど。







関東選抜チームのマクレレ披露にサンバジホーダ。



5時間があっという間でしたが、連日の講座でさすがに疲れはピークに。ですがこれは心地良い疲労です。
打ち上げも盛り上がり、支部毎の敷居も低くなりました。もともとそれほど無いですが。


新潟支部
そして16日は新潟支部講習会でした。
昨年7月より支部として正式に活動を始め、着実に支部らしくなってきています。
今回で2回目の講習会になりますが、少ない人数で濃厚に稽古をしているのが感じられました。福島サークルからの参加もあり、とても良い時間を過ごす事ができました。
みっちり3時間あっという間で、やろうとしていた内容の7割程で時間が来てしまいました。
それでも全員とJogo出来たので、それはそれでやりきれなかった分はまたの機会に。


こういった活動を通して、支部毎のスキルアップに繋がれば、先日行った全国大会のレベルも必然的に上がります。

昇段式
そして毎年夏に、関東、関西にて開催される合同昇段式に招聘する、リオ・デ・ジャネイロ本部

最高師範デシオ館長を迎えての講習会を通じて、さらなるカポエイラの追求により、日本支部全体の方向性が見いだせます。



ブラジルの国技と言われているカポエイラが、日本で着実に成長しています。
そして、本国に負けないくらいまとまりのある団体作りを目指し、次の世代がカポエイラをする時には、昔から日本にある物として立派に胸を張れるよう、今後とも全支部一丸となって追求していきたいと思います。


普段のレッスンとは違い、特別な時間を共有することで、インターネットやテレビなどの知識ではなく、肌で感じ、五感を研ぎ澄ませ、そこにいたからこそ経験できる事こそ、皆さんの財産になるのではないかと思います。このような機会をどんどん作っていこうと思います。


代表池村

20100512

支部長ブログ Vol.45

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

東京支部目黒道場主 渡部

AFINANDO(同調)

今回のブラジルは特別だった。
これほど自分の変化を実感できた時期が今まであっただろうかと思うくらい特別だった。
自信を持って言えるのは、今回のブラジルで自分は確実に一回り大きくなれたこと。
身体も少し大きくなったのだが、それ以上に自分の中の何かが大きく膨らんだ。

そのキーワードが「同調」。
今回は4回目のブラジルという事もあってか、自分がとても自然体でいられた気がする。
ブラジルにいる間、普段の自分がそのままブラジルの生活に溶け込むことができた。
もう決して特別な経験ではなくなった。
ただ、日本での生活と一番違うのはメストレ・デシオと同じ空間で生活することだった。
メストレとはこれまでの3回も同じように生活をしてきたのだが、今回までは自分の中で越えてはいけないラインをひいてしまっていた。
もちろん今でもメストレ・デシオはとてつもなく大きな存在で、まだまだ自分の知らないはるか先の世界を歩んでいる人である。
しかし、自分でラインをひいてしまっていては外から観察することはできるが、同じ空間を共有できない。
そのラインが今回はあまりにも自然にスーッと消えてなくなった。
メストレ・デシオのリズムに自分の身体がどんどん同調し始めた。
そのラインを取り払う事が出来たのはコハダン・ジ・コンタスに8年在籍した間に積み上げてきた自分の成果だと思っている。
自分でこんなことを言うのはおかしいことだとは重々承知している。
ただ、ペットが飼い主に似てくるように今回の滞在の中で僕も少しメストレに似てきたのだと思う。
同じ空間で同じ価値観を共有することにより、メストレ・デシオの持つ色んなものが不思議なくらい自分の体に浸透してきた。
これまでは必死に学ぼうとしてきた。
もちろん今でも色んな事を学ぼう、盗もうという気持ちは持っている。
ただ、浸透してくる力というものは今までに経験したことがないくらい強い力だった。
ブラジルから帰ってきて早1ヶ月半。
一度浸透した力が抜ける気配は今のところない。
しかし、早くも次のメストレとの生活できる期間を身体が欲している。



ブラジルに着いた瞬間、もう自分の体はブラジルのリズムに同調し始める。
もはやブラジルは特別な場所ではなくなってきた。
「ベレーザ・プーラ!」と言ってマッキーニョと力強く手を合わす。
子どもたちと一緒に大量の汗を流す。
近所から聞こえる大音量の音楽に足が勝手にステップを始める。
自分は日本人である以上にマオン・ジ・オンサなんだなと実感する。

20100505

支部長ブログVol.44

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

神奈川支部代表 中嶋


2010、ブラジル渡伯記(4月5日~5月2日)

今年は運よく、他団体のホーダに行く事ができました。
リオ・デ・ジャネイロのカポエイラを古くから支えてこられたメストレの一人
Cruzeiro do sul
Mestre Corvinhoのホーダです。

ホーダには多くのメストレ・メストラ・コントラメストレ・プロフェッソールが参加し、
貴重なジョゴを多く見る事ができました。


左から三番目、当団体館長 Mestre Decio
右隣、Mestre Corvinho


ホーダの最後には、通常より小さなホーダになり、メストレだけのジョゴが行われました。
常に近距離でのメストレ同士のジョゴは緊張感溢れ、まばたきも許されない本当に貴重な時間でした。



左、Mestra Siomara(Capoeira Martins)
右、Mestre Corvinho(Cruzeiro do sul)




ブラジル本部では、ここ最近3ヶ月に一度、カポエイラの歴史や知識に関する試験を行っています。

試験の目的は、カポエイラの事をどれだけ知っているかではなく、
今、自分がカポエイラの何を知らないかを把握する事です。
試験の答案に点数をつけることはしません。
大切なのは試験の後、知らなかったことを知ろうとすることにあります。




今年は、団体創立30周年です。
毎年10月に行われるブラジル本部のバチザドは、盛大なものになると予想されます。
次回の渡伯は今年10月の本部のバチザド時期を予定しています。
多くの偉大なカポエイリスタに会えるのが、今から楽しみです。

20100430

ブラジル渡航レポート Vol.14

先月渡航したHarmoniaさんのレポートです。

東京所属Harmonia


今回の渡航で
特別な国になったブラジル。

感じたものは余りに多すぎて
どんな表現を駆使しても足りず、
きっと今まで渡航レポートを書いた皆が
同じように「あー!!伝えきれない!」と
感じていたのではないかと想像します。

そこで私は、イタグアイにおいて
一番強く大きく感じたものをフォーカスしようと思います。

それは
Liberdade 自由 

もちろん、好き勝手やるということではなく
心の中が自由であるということ。

起きた時間が起きる時間(笑)
テーブル一杯に並べられた朝食は、
山盛りのパンと、大きなチーズにバター。
それにガラナのジャムをたっぷりのせて
好き放題頂きます。

お昼のシュハスコでも、
夕涼みの玄関でも、
島への往復の船の上でも、
いつのまにかビリンバウはセッティングされ、
約束したわけではもちろんないけれど
いつの間にか適当な順序で歌は周り、
ビリンバウは様々な手によって
奏でられていきます。

夜のシュハスコでforroが流れだしたら
皆誰からともなくステップを踏み、
手を取り踊りだすものもあれば、
変わらずビールを飲み続けるものもいれば、
ちょっと恥ずかしくて下に駆け込む子供もいたり。

国籍も職業も年齢も、
私たちが表面的になにものなのかということは全く関係なく、
その中で「こうあるべき」という鎖も簡単に解いてくれる。
同じコハダンという仲間、それだけで十分に
自由な気持ちを分かちあえる。。

そんな
Liberdade 自由

もちろんホーダにおいても然りです。
みんな思い切り大きく自由にジンガ、
ルールを守りつつも好きな時にコンプラ、
ジョゴしたい相手を見定めてコンプラ、
そしてホーダ内で自由自在に動き回ります。

やっぱりどこでも
Liberdade 自由。。

しかし、ふと思いました。
『自由』には必ずつきものである『責任』や『義務』。
イタグアイの皆の場合、
アカデミアのホーダの場合、
それって何だろう・・

「よし、見てみよう、たくさん見てみよう」
その答えを探るため、皆をたくさん見る。
見る、、見る、、。。

ジョゴ中も思い切り見る、見続ける。。
あ、目が合った、あ、また目が合った。
ああ、こちらを見てる、見つめあう。

「そうか!めちゃくちゃ見てる!!!」

自由に、心のままに立ちあがり、動く。
でもその代わりに、
ものすごくきちんと相手を見ている。
真っ直ぐに見つめている。
だからこそ、どんなに自由に動いても
相手にぶつかることも傷つけることも無い。
そんな気がしました。

そして、普段の生活の中でも、
私たちの本質を見てくれているのではないか、
そう思いました。

そして涙ながらの帰国。

改めて思い返します。
生きる事に本当に大切なことって何か?

必要なもの。
あったら便利だけどなくても良いもの。
あまり必要では無いもの。
無い方が良いかもしれないもの。

ブラジルでは不便なこともたくさんあるけれど
人として本当に大切なものや必要なものを
見失わずにいられるような気がします。

東京には便利なものは溢れかえっているけれど
それによって大事なものが
見えにくくなることがあるように思います。

そんな都会で過ごす毎日ではあるけれど、
日本でのコハダンの仲間と触れ笑い、ジョゴすることによって
ブラジルで得た、はちゃめちゃに自由な感覚を
思い出すことができる、取り戻すことが出来る!
そんな風にしながら心の贅肉は少しずつでも取り続けたい。
今はそう強く感じてます。

長くなりましたが、最後にこの場を借りまして、、

いつもいつも暖かく、
家族がここにもいるんだという意味を一番教えてくれたメストレ。
私が「クイダード」(注意して)を間違えて「カスクード」と言ってから
何かに気をつけるときは「カスクード」と言い続けてくれたお茶目なメストレ。
でもなまずさん、ごめんなさい。



(↑足がもつれた私に「カスクード」とちょうど言ってます)

また、つたないポル語でごく限られたことしか話が出来なくても
沢山のことを教えてくれて示してくれて、
心の自由を体で表現してくれたカントーラさん



(↑緑の洗濯籠をかぶっているのが、もちろんカントーラさん)

私たちの素晴らしい自主練先生であった子供たちを含む、イタグアイの暖かいコハダンの仲間たち



本当にありがとうございました。

そして、
頼り無い私(達)の渡航を許可し色々教授して下さった
侍先生を初めとするする先生方。

ブラジル初心者の私達に、
その良さを思う存分示してくれた
mao-de onca先生

女子先輩として
ガールズトーク満載のアドバイスをくれたparteira!

そしてそして、
このかけがえのない時を共有してくれた仲間
Hortencia, Jabur, Arecrim

皆さんに心からの感謝を!!!


Harmonia

20100426

ブラジル渡航レポート Vol.13

先月渡航したhortenciaさんのレポートです。

イタグアイのこと

リオから車で一時間程の小さな街が、イタグアイ。
コハダン・ジ・コンタスの本拠地です。



サルバドールはとても刺激的な街でしたが。

憧れだったリオにも日帰り観光に行きましたが。



イタグアイが一番好きです。
メストレ始め、コハダンに関わる皆が、家族のように迎えて下さいまし
た。

毎日ゆっくりと時間は流れ、晴れた日にはビーチへ行き、時には一晩中
踊り明かし、
時にはメストレとワインを片手にたわいもない話をしたり。
暇なときは玄関先で涼みながら、ビリンバウを叩いて。
カントーラさんの作る料理はどれも美味しく、大勢でわいわいと食べる
食事はとても楽しかった。
帰国してから軽くホームシックになった程です。
不便なことは沢山あった、と思います。
例えば、冷房がない、バスタブがない、和食は食べられない。
でもそんなことは、二日も過ごせばどうでも良くなります。
そして、東京にいれば避けられない都会ならではの不快感は、ここには
一切ありませんでした。



アカデミーアのこと

夏のアカデミーアは、とにかく暑いです。
レッスンやホーダでひとしきり動くと、皆、お風呂上がりのようでした。
滞在中は、レッスンよりもホーダが多かったです。
慣れない環境で最初は緊張しましたが、緊張してても仕方がない。
今、コンプラーしなければ、もう二度とこの人とはジョゴできないかも
しれない。
あの人ともジョゴしたい、この人ともジョゴしたい。
あ、あの人がジョゴしようって呼んでる。
とにかくジョゴする。
ひたすらジョゴする。
なんだかもう、身体も思うように動かない。(あ、これはいつものこ
と。。。)
でも、夢中でジョゴしました。
普段は積極的にジョゴできない私ですが、本当にたくさん、たくさん、
ジョゴしました。

子供達のこと

レッスン後に練習をしていると、いつも子供達が先生になってくれまし
た。
こうするんだよ、
もう一回、
もう一回、
bem!
もう一回、、、、、続く。かなり長く、続く。
いろいろ教えてくれて、本当にありがとう。
今回、この子供達の姿はとても印象的でした。
まず、姿勢が良い。
礼儀正しく、きちんと挨拶ができる。
それだけでもう、世界中どこへ連れて行っても恥ずかしくありません。



今、ブラジル経済は右肩上がりだといいます。
発展してゆけば、今のブラジルの良さが損なわれる可能性も否めないの
でしょうが、
彼等の未来の選択肢が少しでも増えればいいな、と、切に願います。
頑張れ、ブラジル。



帰国して、翌日のレッスンに行くと、東京のコハダ
ンメンバーが「おかえり!」と迎えてくれました。
自分でもびっくりするくらい、「おかえり!」が心
に沁みました。
ブラジル渡航前にも何度か耳にしていた、「コハダ
ンは家族」という言葉。
ブラジルへ行って、その意味を理解しました。
コハダンのメンバーだからという理由で、ブラジル
ではあんなにも温かく迎えて頂いて、
涙、涙のお別れをして東京に戻ってきて。
そして東京にも、ちゃんとコハダンがありました。
それがとっても嬉しかった。



長いレポートにおつきあい頂いてありがとうござい
ます。
でも、どんなに言葉を重ねても、あの素晴らしい時
間は書ききれません。
きっとこれまでにレポートを書いた方々も同様のは
ずです。
それぞれ違う時期に渡伯しているのに、驚く程感じ
た物は共通しています。
行けばきっと、分かります。

今回、ブラジルへ行って、
ブラジルが大好きになりました。
カポエラがもっと好きになりました。
コハダンがもっともっと好きになりました。


最後に。
「ブラジルのいいとこ、たくさん見せたる!」と、
ブラジルへ連れて行ってくれた渡部先生と宮野さん、
この貴重な経験の、奇跡の様な第一歩を作ってくれ
た侍先生に、
感謝の気持ちを込めて。


ブラジルレポート終了です。



hortencia

20100405

支部長ブログVol.43

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

日本支部代表池村


早いもので、昨年のお花見から一年が経ちました。
碑文谷公園にてお花見がてらカポエイラのホーダをしたのは記憶に新しいと思います。

今年は学芸大学駅の商店街や地域の皆さんで構成される、碑文谷クラブさんからの御依頼で、3月28日(日)第10回桜フェスティバルに参加させて頂きました。

当日は真冬並の冷え込みで、グラウンドでのパフォーマンスを1時間頂いていたのですが、流石に体の芯まで冷え込みました。


目黒区長の挨拶でお祭りが始まり、皆でラジオ体操。
午前中は太極拳、そして深川太鼓の方々が袖無しの衣装で頑張っていたので、負けてられないと元気をもらい、盆踊りの方々に交じりウォーミングアップ。



カポエイラを前半披露して体験会。


その後マクレレを披露して体験会。


最後はサンバで皆で盛り上がろうという流れでしたが、なかなか輪の中に入って来る人はいませんでしたね。子供連れの方は、子供に体験してもらっていつの間にか一緒になってという感じで、楽しんで頂けていたと思います。

少し残念だなあと思った事は、あまりお祭り自体知られていないのかなという印象をうけたのと、若い人が少なかった気がします。

寒かったとはいえ、真冬ではないのでもう少し地元の人や、お祭り目当てに違う地区から人が来る位になれば素敵だなあと。

パフォーマンスは10分位で、体育館を借りて、無料体験会を公に発表して沢山集まって貰う等も良いかなとも思います。

カポエイラだけではなく、体育館で出来る流行りのジャンルをどんどん取り入れて、子供から大人まで楽しく参加できるもの。結果的に人が集まれはお祭り自体も盛り上がるはずなので、地元として何か提案が出来ればと思いました。

学芸大学商店街を何卒よろしくお願い致します。

世田谷教室のある代田橋から程近い、杉並区の沖縄タウンも素敵ですのでごひいき頂けたら幸でございます。

代表池村

神奈川支部代表中嶋先生、新潟支部副代表吉田さん
Boa viagem!

支部長ブログVol.42

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

神奈川支部代表 中嶋



本日から5月2日までの約1ヶ月、ブラジル本部へ行って参ります。


昨年の渡伯から1年が経ちました。

この1年で


どれだけ近づけたのか

それとも遠ざかったのか


どちらにしても、楽しみです。



ブラジルのみんなに会いに、そして自分に会いに、行ってきます!

20100402

ブラジル渡航レポート Vol.12

先月渡航したArecrimさんのレポートです


時差12時間、日本の真裏の国ブラジル
カポエイラに出会った時から行きたいと恋い焦がれたブラジルそして帰って来た今、ブラジルへと戻りたいと思うくらいこの3週間ブラジルに恋いしてしまう日々を過ごしてきました。どうしてこんなに魅了されてしまうのか?

ブラジルという国の魅力を少しでもお伝えできればとレポートを書きたいとおもいます。


Natureza(自然)
自然 この言葉が本当にぴったりの国だと思いました。食事1つとっても、肉の味、野菜の味、フルーツの味、どれをとってもその素の味がしっかりと出ている。
調理されていても食材本来の味がしっかりとしている。
日本で食べるより1つ1つの個性がしっかりしている。
そんなものを食しているからなのか?
彼らブラジル人は本当に飾らず自然。
うれしい時はうれしい。悲しいときはかなしく、楽しいときはたのしく、体全身をつかって表す。
そして人懐こい人が本当に多い。



サルバドールでカポエイリスタの集まるアカデミーアに行く途中
「君たちはカポエイリスタか?」
と聞かれ
「そうだよ」
と答えると
「俺達もカポエイリスタだ!じゃぁ僕らはもう、友達だ」
と何度もいたる所で言われた。

何も知らない初めて会った人達にカポエイラという共通点だけで
うれしそうに友達だ!と言える彼らに出会えて幸せな気分になりました。


Ligar(繋がる)
カポエイラを始めて早3年。
まだまだ知らないことが多いものの覚えたことも3年分。
ブラジルにいる間さまざまな所でカポエラの歌の歌詞に出会いました。
レストランに入ればデンデオイルが出てきて歌ってみたり、メルカドモデーロに行って歌ってみたり、



スーパーで食材を見ては歌を思い出してみたり。
「あっ!この歌はこの事だったのかぁ。この場所だったのか!」
と、いろいろと繋がった気がしました。また、いつも聞いてるCDのメストレに出会えたり!
遠くに感じていた人が目の前にいる喜びは本当に信じられない感じでした。カポエイラの歴史や歌詞の意味、歌っているメストレのこと、
様々なことをもっともっと学び、実際に触れることによって
今よりもっと深く豊かなカポエイラができるのではないか?



歌うことも、楽器を弾くことも技を磨くことも歴史を知ることもすべてが大切で、
1つに繋がるのだと感じたきがしました。

Sol(太陽) 
サルバドールではよく朝ビーチを散歩しました。ビーチは朝から太陽が好きなブラジル人で大賑わい。
平日でも朝から泳いで歌って踊ってる。子供も大人も大はしゃぎ。
イタグアイでも暑い昼ごろによく散歩をしました。強い日差しにも、太陽の暑さにも
「太陽大好き!暑いの大好き」
と太陽に負けないくらいの笑顔でそう話すブラジル人達。こんなに太陽を愛している国はないのではないか?と思うくらい。太陽を愛し太陽に愛されている国ブラジル。
そう感じさせられるくらいブラジルという国は太陽がよく似合う気がしました。



Eles Elas(彼 彼女)
どんなに小さな子供でも皆男性は男性らし、女性は女性らしい。そして皆、姿勢がいい。腰の入った生活を常にしている為かカポエイラのスタイルも体の軸がしっかりしている。
しなやかさ強さは日常から始まるのかもしれない。正しい姿勢で生活すること。女性らしく男性らしくすることその考えがあるからこそブラジル人は素敵なのかもしれない。



Alegre(陽気)
サルバドールで参加したメストレルア・ハスタのホーダは本当に面白かった。
ホーダが始まる前からハーメルの笛吹きのようにビリンバウで人を集めホーダを作るメストレ。
全身から遊び心があふれるようなカポエイラをしてホーダをしきる。
遊びの天才じゃないのかと思うくらいでした。
そしてメストレ デシオももちろん陽気!
ジョゴをする時も遊び心たっぷりにジョゴしてくれました。
普段の生活も少しの日本語とやさしいポルトガル語でたくさん楽しませてくれました。カントーラさんはいつでも何処でも歌にして周りを陽気にさせてしまう。
ブラジルで出会った子供達もとってもチャーミングで面白い。



もちろん大人達だって子供の心を持った大人が多い。
優しく陽気で可愛いイタズラも忘れない。
そんな人たちにたくさん出会い沢山笑顔をもらいました。大切な事は言葉ではなく考えるのではなく感じるままに楽しむこと。
そう、教えてもらった気がしました。


Positivo(前向き)
彼らと話をすると様々な所で素敵な言葉に出会います。蚊に刺された所を見せると「蚊にキスされたのね」と言われ雨が降れば「雨を浴びに行こう」と言う海鮮物がおいしいと言うと「海のフルーツだからね」と言い淡水のことを「甘い水」と呼ぶ。音楽が好きだと言えば「音楽は人を幸せにするからね」と共感し手紙やメールの最後には必ず友達にもAbraçarやBeijarと愛情を表す言葉を添える。とにかく 本当にマイナスの状態もプラスの言葉で気分を変え
人に愛情を言葉にして与えてくれる。
すごく素敵な習慣だとおもいました。


3週間という短い時間の中で決してお金では買えない素敵なものを
いろいろな所から貰えた気がしました。
言葉が流暢に話せない分、全ての感覚を使ってコミュニケーションを取る為か、
心も体も自然体で自由になれた気がしました。
日本の生活では見失いがちな事を教えてもらったと思います。
今感じている思いや感覚を見失わないように持っていられる様に
いつも 心の中にBrasilを持っていたいと思います。




alecrim マツモト チハル

20100319

支部長ブログVol.41

毎月ランダムに東京・大阪・千葉・神奈川・兵庫・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

千葉支部代表 中村


B5用紙両面に載せた歌を約1ヶ月に一枚ずつ。
歌の時間を稽古中に設けて4年が過ぎました。
最初は私のクラスだけでしか扱えませんでしたが、生徒さんの協力もあってCD化。
より多くの方に歌を覚えてもらえるようになりました。
今では黄緑帯でもビリンバウを弾きながら歌う絵もよく見受けられます。
皆さんの好奇心を満たしてあげられるよう、今後も色んな歌を仕入れていくつもりです。

しかし今月はあえて第一回歌講座のプリントをまた引っ張りだしてきました。
初めて聞く人も、「懐かしい!」と感じる人も、もう一度取り組み直しです。
何と言っても4年以上前なので頻繁に歌われているもの以外は、私も含め記憶が曖昧になってきているはずです。
初めて聞いた人は歌の返しを覚えて、覚えている人はリード部分やその意味にも目を向けてみてください。

年々歌への関心が深まっているので、今回から行う復習もきっと良い方向にいくと思います。

数曲歌を覚えてそれっきりの人達も、これを機にレパートリーを増やしてください。
私も精進します。

20100304

支部長ブログVol.40

毎月ランダムに東京・大阪・千葉・神奈川・兵庫・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

日本支部代表 池村

本日3日、目黒道場主渡部他4名がBrasilへ向け旅立ちました。
Boa viagem!!

ひとつ前のBlogでも『Japones Garantido』について渡部先生が書いていました。

先月末千秋楽を迎えたミュージカル『Garantido』~生きた証~ですが、昨年末にも少し書かせて頂きました。


今回は終わってからの感想と言いますか、オファーから千秋楽までの道のりみたいなものを少し書かせて頂きます。

まずお話をいただいたのは昨年9月頃だったでしょうか。そして実際に稽古が始まったのは12月30日でした。
その前に出演者の方が個人的にカポエイラを習いに来ていましたが、最初にほぼ全員がそろったのは年末です。
その後稽古場に移り、断片的にカポエイラの動きを指導しながらほぼ固まったのは1月下旬ごろだったと思います。ほんのひと月あまりであっという間に動きを吸収していく役者さん達は、流石としか言いようがありませんでした。
10年近く指導してきましたが、この人数が一気にある程度のレベルまで上達するという事は通常はあり得ません。プロの役者さんですから、振付としてカウントを取りながらですが、お互いの間合いを肌で感じながら動いている感じでした。そこへ演出家の手が加わりますから、平べったい物が立体的になり、音楽や映像、衣装まで付くと臨場感が現実以上に感じられます。映画のワンシーンを生で見ているというのでしょうか。

音楽、証明、美術、音響、衣装、映像、アクション、舞台監督、それにかかわるスタッフのみなさん方が、職人として一つの作品を作り上げるという事が、これほど大変な作業なのかと感じながらも、観客的視線で観てみたり、カポエイラ家として観てみたりしている自分自身に面白いなと思えたりもしました。

役者さんは演じていますから、実際どう見えているのかが分かりません。ですからこちらも役者さん目線と演出家の先生目線の二つでカポエイラを見なければいけないなと常に思いながら作業をさせて頂きました。短期間での指導でカポエイラがどこまで表現出来るかの予想は非常に難しい。と、今回特に思いました。

千秋楽を迎え、私個人の感想ですが、カポエイラってこんなに格好良く表現できるんだ。と新たな目線が生まれたという事。そして、カポエイラは性格がもろに動きに出るのですが、役者さんの役ごとの思いで、カポエイラも変化するんだという事。
そして一番大事だと思った事が、作品が何を伝えようとしているのかをしっかりくみ取る事なんだなと。
振りが違った、音楽がずれた、照明が遅れた、セリフが違った、、、、
そういう事ではなく、(作り手側としては重要ですが)作品に込められたメッセージをどう受け止め、何を思うか、何を感じたか、その結果どう変化したのかと自身に問いかけてみる事ではないのかなあと。

大人になってから小さい頃見ていたTVアニメや動揺などを、今になって改めて思い返してみると、凄いメッセージが込められているなとびっくりする事もあります。その時見えなかった、聞こえなかった、感じなかっただけであって、それがいけないのではないと思います。分かる時が来ただけで、それを観るタイミングであったり、興味を持つ、待たないが、その作品をどう受け止めるかに相当大きな影響が出ると思います。その為のキャストであったり、演出であったりするわけだ。興味を持つという事がどれだけ大事か、皆さんもその為にはどうすれば良いのかと日々葛藤している事と思います。
話を聞いてもらうだけの事でも、これはとても重要な事だと思います。

思考は常に変化し、環境も変わる。自分自身も歳をとり、それなりに人生を経験して自信が付く。それにより見えなくなってしまった、聞こえなくなってしまった事も多いはず。常に柔軟でありたいが、完璧にはなれない。そんな自分自身を可愛いなと思えるくらいのゆとりで日々過ごしていきたいと思っております。

頑張りすぎるという事が少々苦手なもので。

今回このすばらしい作品に関われた事、そして観に来て下さった方々、スタッフの皆さま方にこの場をお借りしましてお礼申し上げます。

Muito Obrigado! Obrigado tudo!

20100301

支部長ブログ Vol.39

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東京支部目黒道場主 渡部

JAPONES GARANTIDO

先日ミュージカル「GARANTIDO」を見に行ってきた。
ブラジルに渡った日本人、日系人が第2次世界大戦後の困難を乗り越えていくというストーリーだ。
第2次世界大戦で日本とブラジルは敵対する国となったため、ブラジルに移り住んでいた日本人や日系人は財産を凍結された上に収容施設に強制的に入れられた。
陽気で脳天気に思われがちなブラジル人は、実は一度受けた裏切りは絶対に許さず、いつまでも根に持つという国民性がある。
そんなブラジル社会で日本人や日系人が一度失った信用を取り戻すことはたやすいことではなかった。
まじめで、よく働き、嘘をつかない日本人の国民性を地道に示していくことこそがブラジルでもう一度信用を取り戻すための「GARANTIDO(保証)」だった。


3月3日、4度目のブラジルへ向けて日本を発つ。
2001年の暮れ、縁あってCapoeiraに出会い、それまで特別に思っていなかったブラジルという国が一気に関心のある国へと変わった。
2005年ブラジルに行けることなんか一生に一度しかないかもしれないチャンスと思い3週間の休みを取って日本を発ったはずが、早4度目である。
Capoeiraが僕をブラジルに近付けてくれ、行く度にブラジルの他の文化への関心をも高めてくれている。
今でももっともっとブラジルのことを知りたいという欲求が日々高まっていく。
今まで3度のブラジルはリオ・デ・ジャネイロ滞在のみで、そのほとんどを本部道場のあるイタグアイで過ごした。
しかし、今回は違う。
まず、サルバドールに向かう。
サルバドールはCapoeiraの聖地とも呼ばれる町で、あちこちにCapoeira道場があるという。
3日間と少ないが、可能な限りサルバドールのCapoeiraやその他今ではまだ想像できない色んなものを吸収してくるつもりだ。
どんなものが自分を待っていてくれるのか。
そのあとイタグアイに移動するが、今回は本部道場に留まるだけではないはずだ。
今回の目的は「自分を試す」ことなのだから。
メストレに自分がどうしたいかを伝えた結果、リオのストリートホーダや他のグループのホーダに連れて行ってもらえることになった。
ブラジルというCapoeiraの本場で、違うグループのホーダにおいて自分がいったいどれだけのCapoeiraができるのだろうか?
日本ではCapoeiraを指導している身であっても、ブラジルに行くと日本というCapoeira後進国から来た名も知らないJpaonesが来たにすぎない。
そこで自分が日本人Capoeiristaとして何を示せるのか。

今回のブラジルは僕を含め6名で行く。
それぞれが持ち帰ってくるものは、まだブラジルに行っていないメンバーやこれから行こうとしているメンバーにとっても大きな財産になると思っている。
何かの縁あってCapoeiraに出会い、Capoeiraをしているメンバーにとってブラジルという国は多かれ少なかれ関心のある国だと思う。
ブラジルという国をCapoeiraだけという狭い視野で見てほしくないとも思っている。
Capoeiraが今に至るまでの歴史、Capoeiraとともに発展してきた文化などももっと知ることができたら、もっともっと楽しいはずだ。

現在日本にいるブラジル人は、日本に住んでいる外国人の中で国別の人口では第3位である。
しかし、その割には普段あまり関わりをもってない現実もある。
ブラジルで苦しい時代を乗り越えてきた日本人の子孫も多く日本にいるというのに。
ブラジルから帰ってきたら、まだまだ日本でもできそうなことがいっぱいありそうだ。
日本人として、日本人Capoeiristaとして何をやっていけるのか。


今の時代において自分が示せる「Japones Garantido」を見つけにブラジルに行ってきます。

20100218

支部長ブログ Vol.38

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東京支部目黒道場主 渡部

頭と肚(はら)

人の評価は肚で決まる。
立派な人のことを「肚のできた人」と言い、金払いのいい人を「太っ肚な人」と言う。
また、表と裏で違う顔を持つ人は「肚黒い人」と言われる。
高い買い物をするときは「肚を決め」、相手と分かりあえるまで話し合うときは「肚を割って」話す。
それに対して頭はと言うと、現代社会では頭の回転の良い人が重視されることが多いが、一昔前までは大事な場面で頭に頼ろうとする人は「頭でっかち」と批難されていた。
これは今ほど脳の働きが研究されていなかったからかもしれないのだが。
先人たちが長い経験の中で培ってきた身体への意識というものは言葉という形で今も受け継がれている。
しかし、何もかもが便利になった現代社会では、昔ほど身体の隅々までの意識に頼らずともできてしまうことが多くなってしまった。
その結果受け継がれてきた言葉にも変化が見られ、身体の変化や状態を表す言葉が残っているにしても身体への意識とは繋がりのないただの言葉へとなりつつある。
例えば、怒ることを昔の人たちは「肚がたつ」と言っていたのが現代では「頭にくる」と言う。
これは身体への意識が変われば言葉も自然と変化してしまう良い例である。

僕はカポエイラにおいてレッスンや自主練は「頭」、ホーダは「肚」という認識を持っている。
レッスンや自主練から得る知識や積み重ねた経験は自分自身を大きくしてくれる大事な要素である。
大学時代に僕が所属していたスポーツ・バイオメカニクス研究室の教授はよく「知ることは強くなること」と言っていた。
しかし、ホーダの中でのジョゴにおいて大事なことは「相手の肚を読む」ことである。
目の前の相手がいったい何を考えているのか、次に何をしようとしているのかを瞬時に判断するには頭で考えていては遅すぎる。
レッスンで習ったことを思い出しながら動こうとすれば、闘っている相手は目の前の人ではなく自分の記憶になってしまう。
これはジョゴにおいてはとてもさみしいことだ。
メストレ・デシオはよく「レッスンでやったことはホーダでは忘れろ。ホーダでは目の前の相手に集中しろ。レッスンで積み重ねたことはあるとき突然引き出されるものだ」と言っている。

ブラジルのイタグアイ本部では週に4回約1時間のホーダが行われている。
ホーダこそがカポエイラであり、そのホーダを豊かにするために日々のレッスンが行われている。
ホーダだけではなかなか得られない経験をレッスンは与えてくれ、失敗しても理解できるまで何度も反復できる。
しかし、それをホーダまで持ち込まないのがブラジルの素敵なところだ。
日本ではまだまだレッスン中心だから、ホーダとレッスンの境目がまだしっかりできてないように思える。
ただ、今の積み重ねもやがて日本のホーダをいずれブラジルのホーダにも劣らない「肚の据わった」ホーダへと繋がっていくのだと信じている。

その点、子どもたちは今でも肚でジョゴをする天才である。
子どもたちは相手の表情や周りの空気を敏感に察知し、それを頭でいちいち考えることなく行動に移せる。まさに本能でジョゴをしている。
しかも子どもは大人を解放してくれる。
子どもを相手にしてジョゴをするときは、子どもの動きに常に集中していなくてはいけない。頭で次に何をするか考えていては子どもの動きの変化についていけないばかりではなく子どもを危険にさらすことにもなる。
だから、子どもとジョゴをするときは大人たちも自然と肚でジョゴができるようになる。

成長の過程において、人はいつから頭が優先されてしまうのだろうか?
こんなことを言っている僕もまだまだホーダにおいて頭にチラつく雑念にしばし振り回されてしまう。
修行僧のように煩悩を振り払い、肚を練り上げる時間を持つだけの余裕をもっと持ちたい。
僕にとってホーダこそその時間なのだ。
いつでもホーダを求めて自分の身体が疼いている。

♪Avisa meu mano
Avisa meu mano
Avisa meu mano
Capoeira mandou me chmar♪

(仲間に伝えといてくれ。カポエイラが俺を呼んでいるからと)

20100206

支部長ブログVol.37

毎月ランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

日本支部代表池村

サークル活動について少し紹介させていただきます。
現在東京で管轄しているサークルは、福島サークルと秋田サークルです。
秋田に関しては今年に入ってからできたばかりでまだメンバーは代表のみです。
サークルが出来る経緯として、地方からカポエイラを求めて上京し、色々な団体を見て回り、ここと決めたところへ入会し、地元で自主練習に励みながら月に一度は東京へ稽古に出向く。
ある程度慣れてきたら地元でサークル活動を開始して仲間を増やし、徐々に団体らしくなり、指導資格を得たら支部として立ち上げになる。何年かかるかは分からないが、やる気次第ではそうかからないはずである。
これ以外では転勤や帰郷。これはどうしようもない場合が多い。静岡に帰郷した西村は地元の空手教室の空き時間を利用して支部活動を開始した。徐々に人が集まりつつある。良い流れである。

海外の場合は他団体の門をたたく事が殆どで、今ではアメリカや中国で他団体に移籍しながらも元気にカポエイラを続けている者もいる。一時帰国した際に顔を出してくれる事もあり、良い刺激をもらったり、近況を聞いてほっとしたり色々である。

今までに、このようにサークル活動から支部になったのは新潟である。
新潟支部は昨年の7月に支部になったばかりだが、かれこれ代表の綱本は7年くらい行き来していた。東京から結婚を機に新潟へ引っ越したインストラクター吉田と供に立ち上げる形になったのだが、色々なご縁で今では10数人のメンバーに囲まれ、小さいながらも活気がある支部の一つである。

遠いから諦めるのではなく、行動し、実現させる。
このような活動が自分の為でもあり、結局は同じように思っていたがどうしようもなかった仲間の為にもなる。もちろん私達もいつも良い刺激をもらい、互いに切磋琢磨しながら稽古し、互いを高めあえる環境が徐々に出来上がっていくのをいつも楽しみにしている。

これからも前進していってもらいたい。

そして、地方へ行った際は是非足を運んでみて下さい。
以下HP

福島サークル 福島県郡山市で活動

秋田サークル 秋田県鹿角郡で活動

新潟支部 新潟市で活動

静岡支部 静岡市で活動

Ate mais
代表池村 

20100204

支部長ブログVol.36

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千葉支部代表 中村


昨年末から地域活動支援団体でストレッチとカポエイラのクラスを始めました。
心の病を抱えている方の自立を手助けする場を提供している代表の方からご相談をいただいて、週に一度施設を訪れてレッスンを行っています。

私自身こういう場での活動は初めてだったので代表の方と相談しながらレッスンの方向性を模索しました。
レッスンを始める前に精神的な病を抱える人たちは体を動かすことに対して抵抗がある人たちが多いと伺っていたのですが、みなさん真剣な面持ちで私の話に耳を傾けてくれています。
回を重ねるごとに顔色が良くなって出迎えて下さる方がいたり、「体重が●●kg減りました!」と笑顔の報告があったりと、今では私自身もみなさんから元気を分けてもらっています。

体を動かすと当然ですが疲れます。
だからといって日々の仕事に追われるだけの生活にしてしまうのは一番良くないことです。
強引に時間を作って好きな事をする。(これは健康面を考えて運動が良いでしょう。)
そして仲間と会う。
そういう習慣をつけることが必要です。
そうすることで生活の中に充実感はうまれますし、仕事と生活だけでバテてしまう弱い心と体からも卒業できます。

目先の楽が先々の良いものと結びついていることはほとんどありません。

だからこそみなさん、多少強引に時間を作って好きなことをしましょう。
そしてやり続けましょう。
生きるために働くのではなく、好きなことをするために働きましょう。
その方が人は魅力的になります。
魅力的になれば仕事も私生活もうまくいくことが多くなります。


良い歯車を回す最初のきっかけは、億劫でも「えいや!」と行動するその第一歩目なんだと思います。