20101115

ブラジル渡航レポート Vol.18

先月渡伯したメンバーによるブラジルレポートです。

東京支部目黒道場主 渡部

Sou Professor

10月23日(土)ついにブラジルでProfessorの帯を取得しました。
Professorの帯を取るまでは今までの記事で述べたように、色々考え行動してきました。
professorとは何なのか?Professorとして自分はふさわしいのか?

今年はItaguaí本部が30周年という事もあり、例年よりも多くのMestreやその生徒たちがBatizadoに訪れてくれました。
今まで日本で帯を取得してきたのとは全く違った環境でのProfessorへの昇段は生涯忘れないであろう経験となりました。
いつもと違う場所で初めて出会う多くのMestre、ContraMestre、Professorともジョゴをし、腰には新しい帯が巻かれました。



しかし、その時の心境はというと、以外に冷静でした。
全身にさぶいぼが出るほどの感動に包まれたわけでもなく、自分が何をやっていたか分からないほど舞い上がったわけでもなく、相手をしていただいた先生方のプレッシャーに押しつぶされそうになったわけでもなく、ただただ冷静に自分のできるジョゴをしました。
あまりにも普通にProfessor昇段のジョゴは終わりました。

今までこの日に向けて色々取り組んできたProfessor昇段が何でこんなにもあっさり終わってしまったのか?それは、ただ、今までも自分は感動的なジョゴを何度も何度も経験してきたからだと思います。
今まであまりにも順調に毎年昇段を重ねてきた結果、昇段への感動が薄れてしまったなんてことはもちろんありません。
確かに帯が新しく切り替わる日は特別です。
しかし、それ以外の日本での目黒道場でのOpen Rodaも、他団体のRodaやBatizadoに行ったことも全て特別でした。

2010年10月23日僕の腰にはAzu ponta verde(青先緑)の真新しいProfessorの帯が巻かれました。
しかし、いつから僕はProfessorになったのでしょうか?
新しい帯を巻いたその瞬間からなんでしょうか?
今では僕がProfessorに昇段することが決まった時からなんだと思っています。
2年前にMestre Décioが「Mão de OnçaはInstrutorの帯をしているが、俺はProfessorだと思っている」と言ってくれたことがありました。
ひょっとしたらその時からかもしれません。

何でこんな傲慢ともとられるような考えをするのか?
それは、僕がCapoeiristaだからです。
僕は一度も敗れることなく10人の相手をぶっ倒してProfessorの帯を取ったわけではありません。
ただ、認められただけです。
誰かがある人をprofessorとして認めたことを周りの人たちも同じように認め始めてくれた時にCapoeiristaはProfessorになるのだと思います。

人それぞれに考えは色々あると思います。
ただ、僕は今後の昇段について一つの目標を立てました。
サプライズな昇段は絶対にしない」と。

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