20110627

ブラジル渡航レポート Vol.24

ブラジル渡航レポート
2011年4月14日〜5月28日

東京支部 佐々木 岳人(Grilo)

 私はカポエイラを18歳の夏から始め、今年で10年になりました。ただこの10年間、1度もブラジルを訪れた事は無く、満を持して1ヶ月半の渡航となりました。

 ブラジルの道場に着いて真っ先に感じた事、それは日本で一生カポエイラを練習したとしても気付かない、圧倒的なカポエイラの「色」の違い。リオのカポエイラは「格闘技そのもの」であるという事。私自身、その事について日本で考えていなかったわけではありません。むしろ、カポエイラは格闘技であるとして、毎回の練習に臨んでいるつもりでした。しかし、「理解をする」という事と「体感する」事の圧倒的な違いが、そこにはやはり存在していたのだなと、ブラジルのカポエリスタと対峙した瞬間に解りました。

 彼等にとって、カポエイラで対峙するという事は、相手を実際に「打ち負かす」までは終わりでは無い、という事。逆に自分がどれだけ攻め込まれていても、動けなくなるまでは絶対に負けていない、という強い信念で臨むという事。そして、カポエイラが終わった後はその事をすっかり忘れて、また仲間としてやっていくという事。あの、散々戦った後のブラジルの生徒達の後腐れの無さには、本当に驚きました。

後腐れ無く皆で楽器の練習。


 私がリオに滞在中は実に多くのイベントがあり、4月はよく解らないまま右往左往している所を神奈川支部長の中嶋先生に手取り足取りフォローをして頂き、5月には日本人は私だけだったので、その都度館長からの指示で色々な所を訪問しました。

 5月22日には、Contra Mestre(副師範) Quati がサンタ・カタリナ州で初めての昇段式(Batizado)を開催する、という事で、5月19日にリオを離れ、サンタ・カタリナ州サン・ミゲル・ド・ウエスチという街へ向かいました。リオからは飛行機でパラナ州へ向かい、翌日に車でサンタ・カタリナを目指すという道のりだったのですが、この車が一向に目的地に到着しない(笑)。道路は延々と荒野を走り、20〜30分に一度町灯りが見える、そんな中、途中車から煙が吹き上がって止まったり、そもそも4人乗り2ドアのセダンに6人で乗ったので、後部座席は大変な状況でした。
 やっとの思いで目的地に到着した時には出発から7時間が経過。それでも皆笑顔で笑い話に出来る所は、やっぱりブラジルの力なのかな、と。私もその時は笑うしか思い浮かばなかったですが。

 さて、初めての昇段式開催という事で、一体どんな感じなのかと思っていたのですが、地元の人々からの関心はとても高く、会場の体育館には多くの人々が集まっていました。そして、驚くべきはその生徒達の身体能力の高さ。まだ日本で言えば中学に入り立て位の年齢の子供が多いですが、彼等は我流で覚えた空中技を昇段式前から披露。トーマス旋回(体操の技ですね)なども、我流で出来てしまいます。昇段式が始まった後も技合戦が続き、地元の方々も盛り上がっていました。

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 ただ、館長はリオに帰宅するとすぐ私に「あのバチザドについてはどう思う?」と質問をしました。「皆、カポエイラに対する情熱があって、地域の理解もあり、良かったのでは無いですか?」と答えた所、「あれはまだカポエイラにはなっていない。昔の日本と同じで、技や動きが重視されている。でもカポエイラはそうでは無い。」とおっしゃっていました。「カポエイラはルタ(戦い)だ。」
 私はこの滞在期間中ずっとこの事を吸収していたのだと思います。カポエイラは戦い。そして、日本人なりの戦い方、特に私は身体の線が細く、力勝負では負けてしまう、そういう人間が同じ土俵で互角に渡り合う方法、それを創り、磨きをかけていく事が、これから私に求められている事であると思います。

 最後に、滞在期間中は神奈川支部の中嶋先生、新潟支部の吉田さんには本当にお世話になりました。有り難うございました。これからは毎年、ブラジルで修行をする期間を設けたいと、本当に思える2ヶ月でした。

支部長ブログVol.70

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日本支部代表池村

Mestre Nacional 1947- ADALBERTO DE SOUZA ALVARENGA

享年64歳

先日 2011年6月23日

リオデジャネイロにおけるカポエイラ界を背負っていた偉大なカポエイラ家がお亡くなりになられました。

我が団体CCJカポエイラ協会にとって、とても大きな存在でした。



私が初めてリオデジャネイロ本部昇段式に参加したのが1999年のこと。
そこで初めてMestre Nacionalとお会いしました。

それからブラジルの昇段式へ数年おきに参加し、その度にお世話になりました。

2006年


2008年


2009年


2010年

ブラジル本部では本当に家族ぐるみのお付き合いをさせて頂き、昇段式後の打ち上げではいつも一番最後まで他愛もない話に付き合って頂き、若輩者の日本人相手に本気?で色々ご教授いただきました。

Mestreからお伺いしたブラジルでのMestreとしての哲学を日本でも語り継がせて頂きます。

本当に心からのお悔やみ申し上げます。



この時がMestreとの最後のJogoでした。
世代は違えど、同じ時代に学ばせて頂き、本当に有難うございました。

ご冥福をお祈りいたします。

2011年6月27日 Mestre Samurai

20110621

ブラジル渡航レポート Vol.23

ブラジル渡航レポート
2010年10月14日~29日

千葉支部 中村愛子(Chita)




今まで何度も「私にとってブラジルってどんな存在なのだろう?」と考え続けて……
正直何も答えが出てきませんでした。

今までブラジルに興味を持ったことは一度もなく、サッカーもサンバも嫌いではないけど好きでもない。
黄色や緑色なんて大嫌い!
ブラジル料理もイマイチ。
カポエイラを始めて7年が過ぎるのにそもそもカポエイラをやっている意味もまだわからない。

そんな私がブラジルに行ってきました。
もちろんこんな私でも前々から「行きたい!」という気持ちがあったからです。
何故行きたいのかと考えてみて、単純にカポエイラをメストレのいる環境でやりたいという気持ちがあったからですが一番の理由として「行かなといけない気がする…」とかなり漠然とした思いが大きく私の頭の中にあったからです。


勝手のわからない環境で、しかもやっと歩き始めた息子と一緒という生活。
仕事のない生活ということで少し調子が狂いましたが、家族と一緒にいたからなのか淡々と過ぎたように感じました。
当たり前の事ですが、何処にいても育児や家族のコミュニケーションは変わらないんだなぁ~とつくづく思いつつ、しかしメストレのいる場所で毎日カポエイラができる時間を無駄にしないように、、、、と思いながらも子供がいるとなかなか思うように稽古ができないのが正直なところです。
日本でも同じ状況ですがこの限られた行動範囲でどのように過ごすかが課題でした。




ブラジルでの細かな様子は私が話さなくても皆さんの報告でわかると思います。
私が1つ話すとしたら教会のことです。
ブラジルの人達にとっての教会の存在の大きさに驚いたのと、それと同時に「日本にもこんな場所があったらなぁ~」と羨ましい気持ちも。
教会ではバンドの演奏に皆が歌い踊って、笑顔で生き生きした目をしながら神様に祈りをささげていました。
ん~、神父さんよりも大きい存在感のメストレって一体何者なんだろう?と真面目に考え込んでいるうちに時間が過ぎてしまい最後に目をつぶって頭に手をかざされて何やら「ぶつぶつ…」と。
「にゃ?なんだ?」と全く意味が解らなかったのですが何故か涙が出そうになった私。
心が洗われる感じに不思議な余韻が残りました。



これから続々と小さい子供を連れてブラジルに行く人が増えてくると思うので子供の食事面のことを話しておきます。
子供にブラジルでの生活はとてもいい経験ですが一歳の息子の食事にコーヒーに浸したビスケット、香料たっぷりの甘いヨーグルトにケーキやチョコレート、大人と同じ塩分濃度の食事。
日本では塩分も砂糖も殆ど摂取していなかった息子なので冷や汗がタラタラ。
ブラジルの生活に合わせなくてはいけないのは解っていても母としてはこの状況に気が気ではなかったのが正直なところです。
片道30時間!飛行機の狭い環境で小さい子と過ごす大変さ、子供を連れて危険な場面に遭遇するかもしれないといつも頭の片隅に置き、なにより家族旅行ではなくカポエイラをするための修行の旅。
子供の物をいろいろな事を想定しながら準備して、仕事を休むのも一苦労。
正直疲れました…。
それでもまた家族と一緒に修行に行きたいと思える場所でした。




で、今回私はブラジルに行って何が変わったか??
何も変わっていないです(笑)

やっぱり今でも私はカポエイラの曲で歌うよりミッシェルガンエレファントの曲でシャウトしたいし
パンデイロやビリンバウをやるならサックスやトランペットでジャズの曲を吹いていた方が楽しい。

渡伯は目標地点ではなくただの通過点なのでこれからまだまだ答えのない辛い道を進んでいくでしょう。
今だにカポエイラをやる意味がさっぱり分からなくても、それでもやっぱり私は稽古をし続けます。
カポエイラが好きだから、やりたいから稽古をする。
それだけの理由じゃダメですか?


カポエイラをやる意味を考えて苦しんだり、帯が上がっていくプレッシャーや技術面での悩みをかかえたり、カポ以外での精神的なものが響いたり、家事や育児の疲れで思うようにレッスンが出来なかったりと、全ての人達が何かしらのストレスを抱えながらもカポエイラをしていると思います。
それでもやりたいって思えるものって素晴らしいです。
そんなことを思わせてくれるカポエイラが生まれたブラジルに行くと何かが変わるかも?
「そうだ、イタグアイに行ってみよう!」
そこには沢山の笑顔と素敵な教会、美味しい果物が待っています。


Chita
中村 愛子

20110613

支部長ブログVol.69

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日本支部代表池村

6月12日
静岡支部にて第一回カポエイラ講習会を行いました。

支部としては1年ほどですが、着実に生徒が増え、良い雰囲気の中講習会が行われました。

支部長西村含め、10名の参加でした。
カナダ、ドイツ、パラグアイと国際色豊かな支部で、英語、ポルトガル語、日本語でコミュニケーションがとられていました。

会場は普段から使っている静岡支部の道場的場所で、廃園になった幼稚園を、レンタルスペースとして貸し出している素敵なところでした。


今年カポエイラ目黒道場がリニューアルされた時に、以前使用していたクッションフロアを静岡支部へそのまま持って行きました。久しぶりの床で懐かしい感じがしました。


13:45-15:45 指導者講習
支部長は久しぶりに汗だくになって上級者の技を存分に稽古出来たようです。

16:30-19:30 メンバー講習
まだ初心者しかいませんので、基本的な事をしっかりと。
後半マクレレも少しやって、最後はホーダ


支部長西村は東京で稽古している時よりもずっとリラックスできて、とてもいい雰囲気で普段から稽古しているのがうかがえました。
地元と言うだけでだいぶ違うのでしょう。

これからの静岡支部がとても楽しみです。
皆さん来月の昇段式目指して怪我の無いよう稽古に励んで下さい。
お疲れ様でした。



20:00-23:00 打ち上げ
地元の旬な食材をふんだんに使った料理が楽しめる居酒屋

桜エビが新鮮で、ワサビドレッシングと相性が良く、本当に美味しいです。


新鮮な刺身の盛り合わせ


黒はんぺんのフライ 静岡では常識 くらはんぺんに衣をつけて揚げて食べるんだそうです。


富士宮焼きそば
硬めの麺と、肉カスが絶妙でした。本物を食べたのは初めてでした。
これははまるかもしれません。

とても雰囲気が良く、皆打ち解けていて本当に良いメンバーが集まっているなぁと感じました。

主催した支部長西村先生、奥さんのイレーネさん有難うございました。

どんどん盛り上がってくれば遠征、合同合宿なども出来ると思います。

東京にも是非来てみて下さい。

代表池村

20110607

支部長ブログ Vol.68

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神奈川支部代表 中嶋

2011年、ブラジル渡航記(4月13日~5月4日)



昨年4月、10月に続き今年の4月も渡伯し、とても恵まれた時間を過ごすことができています。
この短期間でも、本部の子供たちの成長は著しく、とても驚かされます。



昨年まで初心者クラスに出ていた10代の生徒達は、カポエイラはもちろん、身体的にも精神的にも成長し、今回の渡伯時には、子供クラスを教えるまでになっていました。
この世代の生徒達は、カポエイラに対する姿勢が真摯で、既にカポエイラに対して一定の成熟した考え方を持っています。

彼らが受け持つ子供クラスには秩序と規律があり、優しさと共に必要な厳しさを兼ね備えています。
とても人気が高く、近隣に住む子供達が少なくても20人、多い日は70人やってくるそうです。
私が参加した日は、30人近い子供達が稽古に来ていました。











子供カポエイリスタが増えている背景には前大統領時代に開始した、政府の政策『Projovem』※の活動があります。

メストレ デシオ館長を始め、当団体のコントラメストレ、インストラクターが、小・中学校へカポエイラを教えに行く事により、子供達がカポエイラに触れる機会が増えました。
メストレが担当している学校へ私も同行させて頂く機会がありました。
途中から道路の舗装がなくなり、辺りにはうっそうとした南米特有の木々が生い茂る道を車でひた走り、辿りついたところは自然豊かな村の学校でした。
近くには滝があり、学校帰りの子供達が岩場から飛び込み、遊んでいました。

レッスンは低学年と高学年に分かれて教えますが、中には高校生くらいの若者もいます。
メストレに聞いたところ、町から離れた閉鎖的な地域の為、若い年代で道を踏み外し、気づいた時には何も身についておらず将来がない、そんな若者が再び学校に戻り、小さい子供と一緒に勉強をしている、そんなケースもあるそうです。

子供達は遠いところまでカポエイラを教えにきてくれるメストレにとても感謝しており、学校スタッフからもらったお菓子をみんなが一つずつ、メストレにくれるそうです。
自然豊かな土地ならでは、家で育ったバナナをメストレの家に届けてくれる子供もいました。
子供達はとても熱心で、練習は学校だけにとどまらず、今では当団体の道場に個人的に稽古に来ています。


数年前まで若かった層は、今では確実に団体の一つの厚い層になり、

下にはまた新しい層が生まれつつあります。

次回渡伯した時に、新しい層の成長が見られるのが楽しみです。


神奈川支部
中嶋



※Projovem
貧しい家庭の若者達の為の、貧困・不平等・成長に良くない環境を減らす政策。
カポエイラ・ダンス・演劇・歌などを学校で学ぶ事ができ、授業以外の時間を成長に良くない環境に関わる可能性を低くし、子供達の才能を育てる為のプロジェクト。

20110521

支部長ブログVol.67

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千葉支部代表 中村



一般の方たちにも見ていただいているBAR DA GLORIAですが、今回は団体の方たち向けの内容となります。


我々コハダンジコンタスは毎年7月末にブラジルよりデシオ館長をお招きして、昇段式を行っています。

昇段式というと試験があってそれをパスするといったイメージがあります。
しかしカポエイラにおける昇段式は授与式といった方が近いかもしれません。
団体員は年間を通して稽古を重ね、指導者がその実力を認めれば、昇段式で次の帯を授かります。
言うなれば日々の稽古も試験なのかもしれません。

夏の昇段式に向けて今くらいの時期から指導者から皆さんに昇段の通知、もしくは今年は見送りという通知がくると思います。


まず初めて帯を授かる方へ。
黄緑帯を授かったその時からコハダンジコンタスのカポエイリスタとして認められます。
ほとんどの方がその時にアペリド(あだ名。カポエイラ内での名前)も授かります。
付けられた時はしっくりこないかもしれませんが、不思議なことに年を重ねていくごとにそのあだ名のような人物になっていってしまいます。
新たな帯とあだ名を胸に、さらに稽古に励んでいってください。


次に今年昇段の通知をされた方、または近日中に通知を受ける方へ。
おめでとうございます。
これまでの積み重ねを評価されての結果ですので大いに喜んでください。

「私にはまだ早いのではないか」
「次の帯は重た過ぎる」

黄色が入り始めた辺りの方たちに多いのですが、よくこういった意見を耳にします。
自分がカポエイラを始めた頃に憧れの先輩が身に着けていた帯であったり、めきめき上達していく後輩に劣等感を抱いていたりと、各人理由は様々です。

ここからは私の考え方ですが、そもそも帯というものは皆さんが早い遅いを決めるものではありません。
少し厳しく聞こえるかもしれませんが、早い遅いを自ら言い出した瞬間に「教わる者の謙虚さ」を失った状態になってしまいます。
裏を返せば指導者はそれくらいの覚悟と責任をもって生徒に帯を授けるものです。
皆さんの地道な稽古とその成長を誰よりも近くで見届けている指導者を信頼してください。

帯は上にいけばいく程その責任が上がるのも確かです。
コハダンジコンタスを作り上げてきた先人たちを思えばさらにその価値、その意味が重く感じるかもしれません。
ただ深く考えようと思えば帯はいくらでも重たく感じていきます。

しかし、帯はただの帯であってそれ以上でもそれ以下でもありません。
皆さんがすべきことは深く思い詰めて帯とにらめっこするのではなく、今まで通り地道に稽古を重ねるだけです。

稽古にて、
「あなたは次にこの蹴りをを行って下さい」
「こういう組手を練習しましょう」
と指導者に言われて稽古をしていると思います。
その人の取り組むべき課題を指導者は毎回考えて皆さんに与えています。

その延長上だと考えてください。
「あなたは次にこの帯をしめてください」
と、指導者からの課題を与えられているのです。
足りないならばどうするか。
届いていないならどうするか。
「その蹴りは出来ないからやりません」
指導していてそんな言葉を言われたことはありませんが、
上記であげた「教わる者の謙虚さ」を大切にして今まで通り取り組めば、今後もさらに成長していくことが出来ます。
自分を育ててくれた指導者を信じ、自分が歩んできた道を信じて、胸を張って昇段してくれることを望んでやみません。

それでも不安が残る方は先生や上級生に相談してみてください。
特に帯の近い上級生なら、よりリアルなアドバイスを貰えると思います。


そして今年は見送りという通達をされた、もしくはこれからされる方へ。
今はまだ長い道のりの途中です。
一緒に稽古を始めた同期を思うと焦りを感じてしまうかもしれませんが、あなたはあなたの道を自分の歩幅で歩み続けてください。
駆け足で昇段していく人が見逃してしまう風景をみられることが、結果先々活きてくることも良くあります。


最後に皆さんへ。
昇段する人は誇りをもって、昇段見送りの人は共に稽古に励む仲間を祝うため、
7月24日はコハダンジコンタス全員集合です!



中村

20110514

ブラジル渡航レポート Vol.22

ブラジル渡航レポート
2011年4月14日~26日

新潟支部 吉田知美(Maria Fogueteira)

昨年に続いて、2度目のブラジル渡航となりました。
何もかもが目新しく緊張の連続だった昨年と違い、良くも悪くも今年はかなりリラックスできたと思います。今年は出発の1ヶ月前に東日本大震災が発生し、不安もありましたが無事に行って帰って来られたことに感謝しています。

ブラジルでも日本での震災についてとても心配してくださっていて、とてもありがたいことだと思いました。地球の裏側の人々がこんなに心配してくれているのだから、同じ国に住んでいる私たちはもっと何かできるのではないかと思いました。


雨続きだった昨年とは違い、到着その日から日本の真夏並みの暑さに迎えられ、さっそく暑さと虫(蚊)との戦いでした。昨年はそれほどでもなかったので、甘く見ていました(反省)。


よいお天気と暑さのお陰で、今年はリオの街へ観光に行ったりビーチへ行くこともできてラッキーでした。キリスト像の前でカポエイラをしたり、ビーチでは波に飛び込んでもみくちゃにされたり。一つ計算外だったのが、滞在中の週末にPascoa(イースター、復活祭)があり、またそこへもう一日祝日が重なって4連休となってしまったことです。基本的に祝日は練習もお休みなのでのんびりと過ごし、その結果、気がついたらもう帰国…という具合でした。

昨年と違ったことは、メストレやオウザーダ(Instrutora Ousada)が学校でカポエイラを教えていたことです。メストレが教えている学校には一度連れていってもらいましたが、教室一杯の子供たちが一生懸命カポエイラをしている姿が印象的でした。オウザーダが教えている学校では、学校行事の一環としてカポエイラのホーダを見せに行きましたが、そこでの子供たちも食い入るようにして見ていました。非常に好評だったようです。
私と同じ帯の彼女が、こうやって子供たちにカポエイラを教えている姿は非常に刺激になりました。私も負けずに頑張らなくては。





滞在中、教会へ行く機会が何度かありました。日本では冠婚葬祭のときくらいしか宗教を意識しない人が多いと思いますが、ブラジルでは本当に日常生活の中に浸透していると感じました。うまく言葉で表現できませんが…。
昨年よりも、カポエイラ以外でブラジルの文化を感じることのできた滞在となりました。


帰国前夜は大雨となり、最後のホーダはわりとあっさりとしたものでした。もちろん天気のせいだけではなく、私の気持ちの中で「もうこれが最後かもしれない」と思った昨年と違い「また来年、今度はもっと強くなって帰ってくるから!」という思いが強かったからかも知れません。人数が少なかったので、全員とJogoすることができました。最後の最後で技を失敗して足の裏を強打してしまい、ジンガを踏むことすら痛くて辛かったのですがここで諦められない、、、と思って痛みをこらえながらJogoしていました。そんなこともあってか、涙、涙のお別れ、などということはなく、すがすがしい疲労感とともに終了しました。


滞在期間中は、昨年同様Albatroz先生には大変お世話になり、また今回初渡航のGrilo氏にもお世話になりました。ありがとうございます。また、昨年に懲りず今年も快くブラジルに送り出してくれた夫にも感謝の気持ちでいっぱいです。



日本に帰ってきてからしばらくは、日本の生活リズムに戻れず1週間くらい心身共にしんどかったのですがようやく元通りになってきました。滞在中にMestre Décioから指導していただいたことをもう一度、自分の中で理解して日々の稽古に臨んでいきたいと思います。

Maria Fogueteira
吉田(長谷川)知美

20110512

支部長ブログVol.66

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

日本支部代表 池村

先月末の4月29日の祝日に、関東を中心としたカポエイラの団体の代表者を集めて、第一回指導者ホーダを都内の施設にて開催しました。

30名近く集まり、とても有意義な時間が過ごせました。




この会の目的は、日本のカポエイラ界の横のつながりを持とうと言う事。と言うのも、もともとカポエイラはブラジルの国技ですから、殆どの団体がブラジルに本部があります。ブラジルは日本の22倍もありますので、日本にある団体の多くが、近くて同じ州や都市にある程度で、ブラジルでもそれほど交流がなかったり、まったく交流すらした事がなかったり、違う州にあれば団体名すら知らないと言うのが現状です。

せめて小さな日本国内、もしくは関東だけでもとりあえず集まってみようと実験的にやってみたと言うのが正直なところだと思います。

普段他団体の昇段式や講習会などで見かけたり、一人二人は良く会うが、これほど沢山の指導者が集まる事は全く無かった事ですから、それだけでもやった甲斐があったと言う事だと思います。

カポエイラ目黒道場主、渡部の声掛けからはじまり、沢山の団体の方の協力で実現したこの会を、継続していけたらと思います。

Capu Japao代表の月城さんにFace BookにRoda de professor do Japaoページを作って頂きました。
今後写真や色々な案内を掲載していく予定ですので、ご覧になって頂けると良いと思います。

参加頂いた先生方に感謝


また、5月1日は我が団体の『第2回全国大会』が大阪にて行われました。
CCJカポエイラ協会全支部(東京、千葉、神奈川、新潟、静岡、大阪、兵庫、名古屋サークル)から約100名以上の参加で、大いに盛り上がりました。



最初に全体でウォーミングアップをして、講習会

大人も子供も入り乱れてあっという間に汗だくです。

そして、三か所に分かれてホーダ

最後は一つになって帯ごとにジョーゴをして行き、4時間はあっという間に過ぎて行きました。

打ち上げは近くの淀川でバーベキュー

やっぱり河原でも始まってしまいます。

今回主催した関西支部の皆さま。お疲れ様でした。

来年に向けまた新たな目標が出来たのではないかと思います。

Ate mais

代表池村

20110415

支部長ブログVol.65

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日本支部代表 池村

震災から一カ月が過ぎ、その間も余震とは言い難い大きな揺れが各地で起こった。

現在も余震が続き、想定と言うのが全く役に立たなかった事を体験している。

日本に留まらず、世界を震撼させたこの大災害は、地震、津波だけではなく原発問題にまで発展してしまった。

当初はレベル5で、チェルノブイリとは全く違うと言う事で、レベル7はあり得ないという状況も、あっという間に覆された。これも想定外だったのであろう。

先日被災地である岩手県釜石市へ私用で行って来ました。津波に遭った市街も車で通り過ぎました。街は本当に色を失い、警察車両や自衛隊車両、重機が作業をしているだけで、人気は全くありませんでした。

瓦礫は日増しに撤去され、メイン通りは少しずつ綺麗になってはいたが、余震が本当に凄く、ここは危ないと言う感覚が身体を覆います。

支援が終了してからが本当の戦いだと街の人は言っていました。

そんな中、何か出来ないかと言う人達のプロジェクトで、釜石市からスタートした支援ポスター
復興の狼煙』に出会いました。
偶然にも現地でいつもお世話になっている人がポスターになっていた。

その彼は『命があっただけで感謝だ』と言っていました。

私達は何も失っていません。前よりちょっと不便になって、その分心が開きました。

大事な物がなんなのかも教えられました。

自然を受け入れ、理解し共存するのが好ましい。

そして一人一人出来る事をやっていく。この思いを決して忘れることなく。


フォッサジャポン!

代表池村

チャリティーTシャツ第2版受付が始まりました。
製作費を除いた売上全てを義援金として募金いたします。ご賛同して頂ける方は是非
Forca do Japao Tシャツ

20110318

支部長ブログVOL.64

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日本支部代表 池村




3.11
14:46 東日本大震災

何かしなくてはという気持ちを形に
被災地支援プロジェクトを開始しました。
詳しくは上のリンク先をご覧ください。

まずは全国の支部、会員にこのTシャツを着てもらい、メッセージの共有と、この日を決して忘れてはいけないという事が大事なのではないか。



CCJカポエイラ協会
(コハダン・ジ・コンタス日本支部)では、既に募金、被災情報提供、安否確認と会員一丸となって動いています。
このポルトガル語のメッセージ『Força do Japão』~日本のチカラ~を掲げ、会員一丸となって中・長期的な義援が出来ないかと考えた結果、応援メッセージの入ったTシャツを制作し、全国の会員皆でそのメッセージを共有して今まで以上に日本人の『絆』を高めていければと考えました。
この活動は小さなものですが、何かしなくては!という気持ちを形にし、それを残していく事が今生きている人間にしかできない事ではないのかと思います。
このチャリティTシャツの売り上げは全て被災地への義援金として募金させて頂きます。

代表 池村

20110207

支部長ブログVol.63

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日本支部代表 池村

個人のブログにも少し書きましたが、ブラジルの国土面積は非常に強大です。
お隣中国の国土面積より若干小さい程度で、日本の22倍あります。ちなみに中国は25倍です。
画像で見ると


一般的に皆さんがリオデジャネイロやサンパウロ等と言っていますが、リオデジャネイロ州リオデジャネイロ市が中心で、サンパウロも州であり、サンパウロ市が中心です。
ちなみに首都はブラジリアで、リオでもサンパウロでもありません。

リオデジャネイロ州の大きさは、43,909㎢で、九州42,190㎢と同じくらい。
サンパウロ州の大きさは、248,209㎢で、日本の本州231,216㎢と同じくらい。

この大きさは相当で、リオとサンパウロだけで北海道以外の日本と面積が同じくらいと言う事になります。
リオデジャネイロ州

サンパウロ州


国土面積、人工比は
日本   377,914㎢       人口1億2564万
ブラジル8,511,965㎢(日本の22倍)人口1億9373万
中国  9,596,961㎢(日本の25倍)人口12億4374万

並べてみると規模の違いが分かります。

東京都の人口が1300万人ほどで、リオデジャネイロ州の人口が1540万人
サンパウロ州の人口が4千万人ほどで、これは関東地方4243万人と同じくらいです。

サンパウロ州の大きさが凄いです。本州と同じくらいなのに人口が関東地方程。
日本は本当に小さいです。都会の住宅事情を見れば分かりますが、人口密度が都心は高すぎます。電車に関しては、ラッシュ時の乗車率200%等と簡単に言いますが、意味が分かりません。
飛行機にたとえたら椅子に二人座っているという事ですかね。もっときつそうな気がしますが。

そんなストレス社会で、都心では100人に一人はうつ病等と言われるほど危険な状態になっているそうです。

また、医療費削減で精神病院から無理やり退院させられた患者さんが、市町村の施設に行かされ、薬が今までと同じように処方されない状況だそうです。

発展とは何かを犠牲にして成り立っている。それが今は弱い人間の犠牲の上に平気で成り立っているように思います。

カポエイラをやっていますと、今の日本では忘れられてしまった物がたくさんあるように感じます。何がという具体的な物ではないのですが、お互いのコミュニケーションの取り方や、世界共通のルール。

どこどこメーカーのこれはこっちのメーカーでは使えないとか、システムが違うからこの国では使えないとか、携帯電話等はそのような感じでしょうか。

カポエイラはどこでも使っている楽器、歌、ゲームの仕方はほぼ同じ。日本で習ってもヨーロッパで習ってもブラジルと同じ。なのでいつでも交流できる。言葉が分からなくてもカポエイラが分かればお互いに会話ができる。これは今の世の中には必要なのではないかと思っている。

視野を大きくするという事は、身近なところをしっかりするところからはじまります。ご近所で挨拶も出来ない人が、世界で挨拶しても心を感じません。いつもお庭が綺麗ですね等言えれば、自然と視野は広がります。現代のデジタル依存は、このような大事な事がかけているからコミュニケーションを取ることの基本が抜け落ちてしまっているだけなのではないかと思います。意見できない若者が増えた。叱るとすぐ仕事をやめてしまう。それは心が通じ合っていないだけのような気がします。

北海道はでっかいですが、ブラジルは本当にでっかいです。

※画像:ウィキペディアより

代表池村

20110121

支部長ブログVol.62

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日本支部代表 池村

だいぶ遅れてしまいましたが、明けましておめでとうございます。
本年度もこちらのブログ『BAR da GLORIA』、そしてCapoeiraともどもよろしくお願いいたします。

さて、2011年度最初の更新となりましたので、何を書こうかと色々悩んだのですが、考えても仕様が無いという事で、思った事を津々浦々と。

このブログのタイトル『BAR da GLORIA』ですが、読み方はバールダグロリアです。
意味は栄光のバーと言う感じですね。バーはお酒を飲むバーの事で間違いないですが、ブラジルでは昼はランチや軽食、ちょっとしたお菓子やパンやケーキ等を扱っているところもあります。

夜は近所の皆が集まって、夜な夜なお酒を飲みながら話に花を咲かせる場所になります。決して都会の夜景を楽しみながら、素敵な女性とカクテルでもひっかけながら酔いしれると言うイメージではありません。
日本だと大衆酒場のような場所でしょうか。カラオケが置いてあるところもあります。しかしブラジルは外に置いてあります。これが面白い。

なぜこの名前かと言いますと、私達の団体本部の館長宅の近所にこの『BAR da GLORIA』がありました。
ありましたというのは、現在は閉店してしまい、メインストリートの近くで違う商売を始めたようで、少しさみしい気がします。ここは、日本人も住み込み稽古の時に必ず行く場所でした。夏場は通りに面した壁に50cmくらいはあろうかというシャワーがいつでも使えました。館長宅のシャワーがでなくなった時などに使わせてもらう時もあったようです。

GLORIAさんとのツーショット 2004年の写真


本部リオデジャネイロの館長宅は、地域に密着した生活を送っています。ですので、言葉は悪いですが近所の悪ガキがよくカポエイラを習いに来ては、館長に説教されて更生させられながら大きくなっていきます。

小さい頃習っていて、長い事離れていて今では立派なギャングに成長していたとしても、カポエイラ道場に顔を出せばあの頃の顔に戻ります。そしてやはり館長はいつものように説教をします。何でしょうか、怒られに来ているのか、カポエイラをしに来ているのか、その辺は私達には分かりませんが、どんな子にも親身になって接しています。一見怖そうですが、親身になれるからこそ本気で説教できる。そしてどんな問題にも立ち向かうからこそ、『怖そうだけれども本当は優しい』という事なのでしょう。

人が成長する時は、失敗から学ぶ訳で、失敗を恐れては前へ進めません。
ただ、物の善悪はわきまえなくてはいけないと思います。それを前提として、とにかく問題でも何でも逃げずに立ち向かい、うまく行かない時も、行く時もあると思います。過ぎてみればたいがいそんな事もあったな~と言う感じです。

ブラジルでは悪に染まってしまう事が多いようで、そんな地域で育った館長は私達とは次元が違いますが、日本人は日本人としてのまじめさや謙虚さがあります。どうして、なんで等と考える前に自分達が謙虚に行動すれば、誰でも信用を得られます。そして仲間が増えます。気負う必要はありません。

ブラジルはブラジル。日本は日本。そしてカポエイラはブラジルの文化ですが、日本人としてしっかり受け止め、本国に負けない位の実力、そして団体を作っていきたいと思います。

このような決意で2011年を過ごしていきたいと思います。

代表池村


しかし、怒ると本当に怖いです。

20101231

支部長ブログ Vol.61

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

日本支部代表 池村

今年も残すところあとわずか。
22:30~カポエイラ目黒道場にて年越しホーダを行います。

さて、本日最後のレッスンはBerimbau製作会でした。目黒道場屋上にて、11名(うち小学生1名)で行いました。


材料はSabiaという品種のブラジル産の木と、ブラジル産のヒョウタン


道具はのこぎりやドリル、キリやとんかち、ヤスリにカッター等


まずは木の皮をきれいに剥きます。この時100均等の野菜の皮むきで充分剥けますが、木の品種によっては厳しいかもしれません。Sabiaに関してはこれで充分です。



次に弦をひっかける部分をのこぎり等で切り出します。


そしてきれいにヤスリがけ。


削りかすで汚れないように完全防備の人もいます。大掃除ですね。


ある程度できたらヒョウタンの切り抜き。
曲面にのこぎりが入りにくいので、ドリルなどで切り抜く部分を抜いておくと、切り易くなります。



切り抜いた部分の仕上げ

以降の作業写真を撮り忘れました。悪しからず。

次に木にニスを塗ったり焦がし加工をしたり。
ニスが渇くまでにヒョウタンに紐を通し、弦を作ります。
ニスが渇いたら弦を張り、ヒョウタンと合わせてみます。音を出してみて、ヒョウタンの紐の長さや開口部の大きさの微調整をしたりすれば出来上がり。

ゆっくりやって3時間くらいでここまで出来ると思います。



初めての作品としては上出来ではないでしょうか。
運よく凄い組み合わせのBerimbauが出来て、良い音を出している物もありました。こればかりは合わせてみないと分かりませんので、なんとも言えません。


最後は皆で記念撮影

皆さんお疲れ様でした。

良いお年を!

2010年12月31日
代表 池村