20111111

ブラジル渡航レポート Vol.27

ブラジル渡航レポート

神奈川支部木内


ブラジルから無事帰国しました。

日本に帰って3日もすれば、ブラジルでの日々が遠い夢の世界だったよう。

それだけ、毎日きらきらしていて、長くて短い日々でした。

日々、みんなと生活して、ほんの少しだけどブラジルの人たちの生活を垣間見ることによって、今までなかった自分がつくられたり、気づいたり、なくなったり、します。
本当は普段の生活でも同じことがいえるんだけど、ブラジルという非日常を体験することによって、色濃くそれが浮かび上がってきます。

やっていることは日本と一緒。
毎日ご飯食べて、寝て、カポエィラの練習をして。(ブラジルにいる間は仕事はしていないけど)
でも、日本とはちがう。

生命力の強さと、音楽とカポエィラが日常にすごく溶け込んでいる印象をうけました。

Mestre Decioが、ここで子供たちがまっすぐと正しく育つことは非常に難しい。カポエィラを通して子供たちを正しいほうへ導いていきたい、と言っていた意味が、日本にいた時よりもぐっと身にはいりました。ここ、イタグアイの子供たち、大人たちにとって、カポエィラってどんな存在なのだろう。当たり前ですが、日本とは違う、ということを強く感じました。

ブラジルではブラジルのカポエイラがあって、日本には日本のカポエイラがある。
でも、同じカポエイラを通して、コニュニケーションができるのは本当に素晴らしい経験。


ブラジルに行って、上手くなって、強くなって帰ってきたの?

ときかれたら、答えはNO。

でも、沢山のものを教えてきてもらって、感じてきて、受け取ってきたことは確かだから、そこからまた変わっていくのだろう。

今回、つたない私のポルトガル語でMestre Decioに

強さってなんですか?

と質問したところ、私が悩んでいた意図をばっちり受け取ってくれてかえってきた答えに思わず涙しそうになってしまった。
Mestreはなんでもお見通しです。


monitoras
むかって左がmaary 右がsayonara

maaryのお母さんが私と歳が2つしか違わなくて、きゃ~という感じでしたが、2人とも沢山遊んでくれて、お話ししてくれた。
そして、たくさん教えてくれた。
ほほーと思ってしまったのが、maaryが私に教えてくれたジンガと後日Mestre Vagalumeが教えてくれたジンガが全く同じだったこと。教え方、言っていることが全く一緒で、やっぱり親子だわあ、と感心してしまった。

ジンガ1つとってみても力強く、技もきれいなだけでなく、ルタとなっていきていること。

日本で先生方に、生活の全部がカポエィラなんですよ、と言われてきた意味がわかります。
ブラジルの女の子たち、強いです!そして優しくて賢い。
私もそうあるよう、していこう。

最後に、batizadoで沢山のMestre、Mestore DecioのMestre、Mestre Gioreにお会いできたことに感謝します。
日本では上の世代の方にはなかなか会えない環境です。
繋がりと歴史を肌で感じられました。
赤ちゃん、子供、大人、歴史を築いてこられたご年配の方、同じ空間に揃っているということ。
その中で、日本人である私たちがいるということ。


最後に最後に
サムライ先生、チグリ先生、ありがとうございます。
先生や皆さんが築いてこられたものを大切にしたいと思います。
candeia、pantera, alecrin, besouro みんなありがとう。みんなのおかげでこの旅が何倍にも楽しいものとなりました。
これからもよろしくお願いします。

20111110

ブラジル渡航レポート Vol.26

ブラジル渡航レポート

東京支部 松本千晴


今回2回目となるBrasil渡航は
私が目指すカポエリスタへのヒントをたくさん得られた渡航となった。
その中でも特に心に残る大事なヒント10をお話させて頂ければと思います。


行く間の飛行機でContra Mestre Tigreに言われた一言から私のBrasilでのdica(ヒント)探しは始まった。

[brasil本部にはビリンバウ アタバキ 歌 ジョゴ どれをとっても各々スペシャリストがいる。
もちろん彼らがホーダに入ると華がさく。空気が一変するのだ。
それは彼らの日常のポテンシャルがホーダを豊かにしているのだ。
カポエラだけを出来れば良い訳ではない日常の人生が豊だからこそ、それがホーダに表れるのだ]

沢山のスペシャリスト達に出会い、そして何より偉大なMestre Décioと一緒に過ごす2週間
今から沢山の豊な時間をともにする。自分の中にあるアンテナを最大限に敏感に張り巡らせて過ごそうと思った。


dica1.interruptor*スイッチ

brasilに来ると毎日良い音を耳にする。又1人が楽器を持つとまた1人と増えてゆく
しまいにはダンスまで入って来て朝までつづく事もある。
良いものを聴いているせいか、日本では出来なかったリズムが出来るようになったりもする。
何よりやっていて楽しい。入って来た音達が中にあるまま外に出そうとするからだろ。
ずっと体全部のスイッチがオンのままだからだろう。1日中カポエラに関わる事だから
頭の中がきりかわらないまま上手くできるのかもしれない。
入って来た物達が忘れる前に弾きたいと思う前に外に出る。
スイッチオンのままでいる事は上手くなる最良の手だと思う。




dica2.linguagem*言語

見かけない顔の人には話かけなかったりそれが外国人ならなおさらだったりする。
ましてや言葉が通じない相手ならなおさらだ。
しかし、ココにはそれが無い。会った人には全員握手をし挨拶をかわす。
言葉がわからなくたっておかまいなしで話かける。
分かるまでとことん付き合う。
大好きな事が一緒なら大丈夫、だってカポエラ好きだろ?と言わんばかりだ。
ジョゴをすれば君の事は何でも分かるという感じだろう。
五感をとことん使って生きている。体のすべてを使って分かろうとしているのだろう。
言葉にとらわれる必要は無いと言う事なのだろう。


dica3.português*ポルトガル語

しかし、ポルトガル語は話せたにはこしたことはないとも思った。
今回沢山のMestreに会う事に恵まれたBatizado,Mestre Décioとのたわいもない話から伝わる想い。
誰かの力を借りなければ理解できないというもどかしさと、誰かのフィルター越しにしか見れない想い。
自分の想いを伝えるのももちろんそうだ。
目の前に居るのに何てもったいないのだと思う。
ただ一緒に居るだけで分かる事はもちろんある。
しかし言葉にして始めて理解できる事もある。もっとポルトガル語を勉強しなければ。



dica4.grande Mestre*偉大なるメストレ

Mestre Décioの偉大さは日々生活を共にするだけで伝わってくる。
ふとした会話の中の1コマでもそうだ。
道を歩けばMestreに話しかけ握手を求めてくる人達がいる。
沢山のMestreに出会った時にも「彼は立派だ、信じてついて行きなさい」と言われた。


Mestre Samurai Contra Mestre Tigreから沢山の偉大なる話を聞いた。
始めて私がMestre Décioにあった時感じた圧倒的な魅力の謎が少しづつ分かってきた気がした。
知れば知るほどこの人のもとで学びたいという想いと、この人に近づきたいという想いになるが
知れば知るほど遠い道のりだともおもい知る。
Mestre Désioの為に何かしたい!!という想いを見たり聞いたり感じたりする事があるが
それはそのせいだろうと気づかされる。
Mestre Décioにこの事を伝えると、
「そう想う者がいてくれるから私はMestreでいれるのだ、だから私はもっと先を歩こうとするのだよ」と
Brasilにいると心も体も自由になる。それはMestreの大きな愛を感じることができるからかもしれない。
Contra Mestre Tigreが言っていた
「偉大なるMestreのグループにいれること。そして1つのピースとして歴史を共に刻む事が出来る事が何よりも嬉しい」
Mestre Samurai を始め様々な人が道を造ってこの関係を築いてくれたから今私はBrasilにいて様々なことを学んでいる。
多くの先人が築いた信頼があるからだ。
私も1つのピースになりたい。


dica5.Cantora-sam

カントーラさんのパワーは凄い!本部のBatizadoカントーラさん無しには始まらないし、終わらない。
Batizado近くなると平均睡眠3〜4時間。なのに毎食ご飯は手作りだ。
今回始めて知った事は昇段式で頂く帯の話。
色づけはMestreが主に手作業だという話は前から知ってはいたが
1本1本長さを切って編む所から始まっているという事だ。
それはカントーラさんが主体になってやっていて、もちろん日本支部のもだ。
帯を頂くとその重さを噛み締めるが、そうした想いが沢山入った帯だからこそ感じるのだろう。
沢山の仕事を抱え難無くやり遂げすべての手配と配慮を行う。
流石はMestreのお嫁さんだ。まさに おかみさん!! 
やっぱり すごい。


dica6.acreditar*信じる

「もっと強いカポエラをしたい。自分は弱いと思う」
という問いにMestre Décioの答えに私は、はっ!とした。
「誰が弱いと言ったんだ。弱いかポエラをしているなんて一度だって思った事はない
 自分自身で弱いと決めつけただけじゃないか。皆強いカポエラをしているぞ」
自分を信じる事が何よりも大切でそれが全てのことを可能にする力なのだ。
「自分の先生を信じてジョゴをしなさい。レッスンで学んだ事、見た事、感じた事をホーダで出すだけだ」
とも話していた。
行きなれないホーダに行くといつも感じる事は(空気に飲まれる自分がいる)という事だ。
しかしそれは先生をそして自分を信じていないからだろ。アンゴラにしろヘジョナウにしろ何のスタイルだとしても
コハダンジコンタスのジョゴをすれば良いだけなのだ。
いつも心の真ん中にMestre Décio がいる。教えくれた先生が自分の中にいる。学んだ全てが自分を造ったのだ。
目の前の事にとらわれず信じて進むだけなのだ。

「お前の中には何がある?何を持ってジョゴしているのか?」

次回は真っすぐにこの問いに答えたい



dica7.energia de mão手のエネルギー

ここでは分からないとすぐに手が差し伸べられる。
レッスン中はもちろん自主練でもだ。
先生はもちろん出来る人が出来ない人に、帯が上だろうが下だろうが関係ない。
分かる人が分からない人に教える、教えてと発信する前に手が差し伸べられる。
言葉が分かろうが分かるまいが関係無いといった感じだ。
なぜそういった環境が生まれるのか、それはエネルギーが繋がっているからだろう。
レッスンに関わらず皆、出会うと必ず全員と握手と挨拶をする。帰るときも同じだ。
そして必ずギュッと握手の最後は握る。パワーを繋げた気分だ。
これを毎回しっかりするから皆のパワーがしっかりと繋がっているのかもしれない。





dica8.Motivaçãoモチベーション

1つ1つのレッスンを流さずに受けているという事を強く感じる。
レッスン中に失敗したら必ずやり直しをその場でする。
二人組ならば真剣に相手に立ち向かう。
常にやり切り、出し切っているのだ。
目や耳だけではなく全てで相手を感じて相手に本気で挑む。
出来ないとか、当たったらとか、そんな事に捕われることなく打ち込むパワーを見せつけられた気がした。

dica9.enfrento向き合う

Brasilに一緒に来た仲間といろいろな話をした。
思っている事、感じた事、考えている事
帯が違う仲間だからこそ見えるもの感じるものが皆違うし共感する所もある。
想いもつかない悩みや考えや答えがある。
それらを話、共に考え悩む事は自分自身を振り返り見つめる1つの物差しになる。
今回のメンバーだからこそ感じ取れた世界に感謝したい。


dica10.comumあたりまえ

本部の生徒はうらやましい!と思っていた
毎日Mestre Décioから重要なカポエラの話を学べレッスンを受け想いを受け取れる。
しかし日本支部にいるから見れる事、分かる事がある。
この2週間私は体中のアンテナを張り巡らせて過ごした。
多分この間ココにいつも来ている生徒以上に様々なことを吸収しただろう。
それはすべて自分が日本人だからだ。
日本人だから分かる事、日本から来たから見えるものがある。
Brasilの生徒に「Mestre Samuraiのレッスンを毎回受けられてうらやましい」といわれた。
日本の先生達だから伝えられる事がある。
当たり前に思っている事が裏側から見てみると凄く恵まれている事なのだ。
あたいりまえが、あたりまえである事がどんなに大変で大切な事なのだと改めて思った。



この10のdicaは今の私のフィルターを通して感じたものでしかない。
今の帯だからこの歳だからそしてこのメンバーだったから分かった事だと思う。
1つ前の帯だったら、1つ後であったら、違うメンバーだったら…
きっと違う発見があっただろうが、今回のような発見は出来なかっただろう。
Mestre Samurai,Contra Mestre Tigreをはじめ今回一緒に行ったメンバーに感謝したい。
そして何より暖かく迎えてくれたMestre Décio Cantora-sam 本部の皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。

ここまで読んでくださった方に私が得たBrasilでのdicaが少しでも何かのヒントになれば幸いです





alecrim

20111108

ブラジル渡航レポート Vol.25

ブラジル渡航レポート

日本支部代表池村 Mestre Samurai

今回、リオデジャネイロ本部第17回昇段式参加にあたり、代表池村、千葉支部代表中村、生徒の同行者は、伊財、柳生、木内、松本、藤嶋の7名がリオデジャネイロへ渡った。

昨年に引き続き、ブラジル本部昇段式の時期に。
10/17~11/2と、現地滞在は二週間と短かったが、昇段式参加が目的であるので、充分な期間だ。
個別に渡航レポートを書いて貰うが、渡航した者それぞれが見た物、感じた物が違うので面白い。

さて、私は8度目のブラジルになる?のか、恐らくそれくらい来ているが、やはり飛行機の時間は長い。
まあ年々機内サービスが充実してきているので、映画などずっと観ながら行くことも出来る。

実際行きで5本、帰りで5本と、デルタ航空にはお世話になった。
単純に20時間は観ていた事になる。

目は充血してしまいましたが、なかなか楽しい時間だったように思う。
さて、今回のブラジル滞在での日記は個人ブログの方へ書いたので、日々の事はそちらで。

その記事はこちら Samurai日記


ここでは写真を交えながら今回の渡航で感じた事等を振り返ってみる。

今年はアメリカンエアーラインの金額がギリギリまで出ず、久しぶりにデルタ航空で行く事になった。


どこの航空会社を使うにせよ、必ずマイレージポイントを貯める事を忘れずに。ブラジル往復だと2万マイルほど貯まるので、かなりお得だ。

自宅を17日朝10:00出発

館長宅に18日11:30頃到着(サマータイム)

自宅から館長宅まで36時間ほどかかった事になる。1日半かかる訳だ。大変だ。

そこまでしてブラジルに行く価値はあるのか?と言う質問は必要無いだろう。

もし、その国の文化を習おうと思えばその国に行くのが早いからだ。当団体は毎年ブラジルから館長が自ら日本に訪れてくれるので、そう言った意味では身近に本場のカポエイラを感じる事が出来る。

ブラジルに行けなくても日本でブラジルと同じ稽古が受けれる訳だ。


今年の昇段式には、日本支部から7名、グァイーラ支部から1名、フォスドイグアス支部から1名の参加だった。

昇段式は22日(土)

それまでは普段の稽古とは別に、昇段式の準備で慌ただしくなる。
他支部からの参加者は、準備を手伝うとなると香ってが分からないので難しい。なので、当日使う楽器のメンテナンスと言う事でまずはくたびれたカシシの修理を。



バケッタを新しく竹から切りだす。


バッケッタの切り出しは、道具があるものでやるのでかなり苦戦するが、カシシのメンテナンスは日本から持って行ったキリやニッパーが役に立った。

細かい作業の道具は、日本製がやはりしっくりくる。

こういった作業を通じ、物を大事にする心を養います。自分が手掛けた物には愛着が産まれる。とても大事なことだ。

昇段式後の打ち上げは、自分達で料理を作り、とにかく節約します。
下ごしらえは女性陣が手伝っていました。

この時期の渡航は、ブラジルでの昇段式と日本の昇段式の違いが物凄く分かる。
地域に根差し、皆で手作りするブラジルの昇段式、東京での昇段式は都会らしい違った側面を持つと言う事。どちらも良い所、悪い所は色々。

さて、今年の昇段式はたくさんの他団体のMestre達がお祝いに駆けつけてくれた。
順不同
Mestre Orlando Giori(Mestre Decioの師)
Mestre Mentirinha
Mestre Polaco
Mestre Malhado
Mestre Chita
Mestre Bocka
Mestre Chiquinho
Mestre Korvinho
Mestre Michel
Mestre Jorginhp toto
Mestre Capa
Mestre Arraia
Mestre Preguiça
Mestre Robalo
Mestre Tota
Mestre Ninguem
Mestre Palhaço
Mestra Thiara
Mestra Cleide

Accc
Mestre Décio
Mestre Vaga lume
Mestre Mestiço
Mestre Dunga
Mestre Samurai
Contra Mestre Chocolate
Contra Mestre Tigre
Professor Queixado
Professor Varente
Professor Gafanhoto
Professor Bahiano
Professor Piedade
Professor Sobrancelha
Professor Morejo
Professor Jesus
Professor Sebora
Professora Cantora
Professora Ousada

これだけの人数がステージに上がると、Rodaは完全にMestreのコントロール下になり、Professorはなかなか入れない。これだけのMestreが集まったホーダは初めてで、本当に勉強になりました。この会に参加出来た事に感謝致します。



今回とても印象に残った、と言うよりも、コハダン・ジ・コンタス創始者Mestre DecioのMestreが駆けつけてくれた事が何よりも凄い事であった。

すでに引退していて、病気で脚が悪くなっていた。

ずっと探していたのに今まで見つからず、偶然お孫さんを見つけた所から今回の参加が実現した。

真ん中がお孫さんのGiore氏
日本の文化やアニメが大好きで、マーシャルアーツもたくさん習っているとか。数年前からカポエイラも始めたそうだ。

ブラジルは日本と違って、貧しい地区では住所も電話番号も分からないと言う事はよくある。
出生届など数年後に提出したり、しない場合もあるとか。なので、本当の誕生日と届け出の誕生日が違うと言う事もよくあるらしい。

Mestre Decioから、お前達に私のMestreに会わす事が出来て良かったと言われた。
そして、Mestre Gioreも、自分の弟子が今ではMestreになり、更には日本にまで生徒がいると言う事を当日初めて知り、本当に喜んでおられた。


カポエイラがどうとかではなく、人と人との繋がり、そして歴史とはこうやって作られていくのかなと強く感じた一日になった。

これは既に日本でも始まっている。
師が弟子を育て、またその弟子が弟子を育てる。

師が引退してからもそれは繰り返され、日本での歴史が作られていく。

今回、Mestreはこれこそが私の目指しているカポエイラなのだと話されていた。弟子を育てる。その弟子がまた弟子を育てる。

そして、弟子が師に恩返しをする。

今、Mestre Decioは全力でMestre Gioreに恩返しをしようと動いている。
それだけではなく、Mestreの周りにいるたくさんの貧しい人々へも手を差し伸べ、援助したり助言したり、若い子たちを更生させたり、とにかくMestre Decioとはそういう人である。

私達日本人がリオの空港に来る時は必ずMestreが直々に迎えに来てくれる。弟子を預かる以上責任を持って引き受けてくれているからだ。

私達日本人は、この事に気が付かなくてはいけない。

一日限りのワークショップではない。

経験としてそれも大事かもしれないが、誰かに師事すると言うことの本質は何なのか、しっかりと理解してカポエイラと言う文化を学んでいきたいと強く感じた。

今回、私と千葉支部代表中村は何度か本部で指導を任された。
本部のお弟子さんへの指導など、、、と思いつつも、指導後、Mestreにこう言われた。

彼らにとって日本で活動している私達から指導を受けると言う事はとても刺激的だ。同じ流派内でもタイプが色々あって、個性が出る。それが大事で、色々な目線からカポエイラを見つめる事が出来るいい機会なのだと。

今回私達が滞在中に彼らに色々教える時間があった。Mestre Decioも、普段の稽古の度に皆に言っていた。私達が滞在中に色々学びなさいと。

2週間ほどだったが、この期間に来なかった者はチャンスを逃したな。後で叱っておこうと言っていた。

ワークショップとはこうあるべきだとも言っていた。

私も同感だ。

昇段式後の1週間は比較的ゆっくりとした時間が流れ、カポエイラの事もそうだが、日常的な事も色々と話が出来た。

年々話す内容の理解度も上がっているが、より深い事も話すようになってきた気がする。

それだけ責任があると言う事なのだろう。

肝に銘じておこう。細かい事はクラスで皆さんに少しづつ伝えていければと思います。


最後に、日本の状況もいまだ良くない中、今年もブラジル行きに賛成してくれた嫁と、娘達

7名もの日本人を受け入れてくれたMestre Decio,Cantoraさん、そして代行など色々サポートしてくれた日本支部の皆さん、この場をお借りして感謝の気持ちを伝えたいと思います。

ありがとうございました。 Muito Obrigado!

Mestre Samurai

20111011

支部長ブログ Vol.74

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

千葉支部長 中村 理


荻窪スポーツフェスティバル。
昨年に引き続き今年もカポエイラの体験会を開催しました。
団体からもMestre Samuraiをはじめ沢山の生徒が集まってお手伝いして頂きました。
子どもも含めると30人を超える大所帯で挑みましたが参加者数は昨年よりもさらに多く、広い武道場もこの通り。



子どもの参加も積極的でした。


カポエイラを通して出会い、繋がる。

共に時間を過ごした方々全員に感謝です。


千葉支部 中村

20111004

支部長ブログ Vol.73

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

目黒道場主 渡部 健志

新婚旅行でフランスに行ってきました。
南西部の町トゥールーズに到着し、南フランスを電車やタクシーなどでぐるっと観光しながらマルセイユに行き、その後北上してスイス国境近くの町アヌシーに行き、最後にパリというコースです。
飛行機のチケットが空席待ちのチケットのため、ホテルなど全て現地での直接交渉という大冒険ではありましたが、その代わり予定を現地に入ってから決めれるというとても自由な旅でした。
行った先行った先で色々なラッキーに助けられ、自分たちは「持ってるな」と何度も感じた旅でもありました。

<カルカッソンヌ>

<ニームの古代円形闘技場>

<ポン・デュ・ガール>

<オランジュの古代劇場>

<ゴルド>

<アヌシー>

<パリで元メンバーのアレックスに再会>

今回の旅での一番のメインはマルセイユでのカポエイラ交流でした。
マルセイユには世界的に有名なメストレ・カマレオンが住んでいます。
レッスンでもメストレ・カマレオンのCDはよく流れているので、うちのグループのメンバーであれば一度はその歌声を聞いたことがあるのではないでしょうか。

旅の2日目に急きょ宿泊先をマルセイユに変更し、マルセイユの駅に着いたのが夜9時過ぎでありながらそこからのホテル探し。
ラッキーにも1件目のホテルで3連泊をゲット。
空いている部屋がスイートのみでしたが「地球の歩き方」を手にしていたことから25%OFF。
後々1泊追加し、マルセイユの旧港や街を一望できる部屋に結局4泊することになりました。
<マルセイユの夜景>

一夜明け快晴の空の下、マルセイユの街を散歩し、辿り着いたビーチでは沢山の人たちが海水浴をしていました。
9月とは思えないほどの陽気と日射しの中、慌てて水着を買いに街に戻り、新しい水着で地中海を大満喫。
<マルセイユの海岸>

その晩メストレ・カマレオンのレッスンに参加するため、地図を見ながら最短ルートで歩いて行くとかなり危険な空気の漂う道。何とか近くまで辿り着いたものカポエイラの看板は見当たらずウロウロしていると後ろから声をかけられました。「カポエイラのTシャツを着ているってことはうちのレッスン場所を探してるんじゃないか?」と。偶然通りかかったメストレ・カマレオンの生徒さんでした。自分たちだけだったら絶対に見つけれない場所にレッスン場はありました。
個性あふれるレッスンの後にはホーダが始まり、その途中、突然部屋の電気が消えたかと思うとケーキが登場し、生徒さんのパラベンス・ホーダ。最後はメストレもビリンバウを交代し、ジョゴに参加。3番目には僕を指名してくれました。ラッキーです。
気持ち良いホーダが終わった後みんなでケーキや軽食を食べながら簡単なパーティーが行われました。
その中メストレ・カマレオンから「明日は練習がなく家でメンバーとの会議があるんだ。その会議が終わった後みんなでご飯を食べるんだが来ないか?それと、もしその次の日もマルセイユに残るならメンバーを募って海にカポエイラとシュハスコをしに行かないか?」と誘われました。めちゃめちゃラッキーです。
ここでマルセイユ延泊が決まりました。

交流2日目メストレ・カマレオンの家では集まった10人くらいで晩ご飯を食べながらポルトガル語や英語での会話。フランス語は少し予習したもののさっぱりでした。
記念にTシャツを買わせてほしいとメストレ・カマレオンに頼んだところ在庫にぴったりのサイズがなかったため急きょ手作りで作ってくれました。
何とも素敵です。
<メストレ・カマレオン手作りTシャツ>

交流3日目は午前中曇っていましたが、昼から晴れてきて、この日も絶好の海日和になりました。
約束の15:30を少し過ぎて指定された場所に到着しましたが、誰も見当たらず・・・。
そこら辺はブラジルと大して変わらない感じです。
勘違いで他のビーチかもしれないと思い彷徨い始めたところに偶然車で通りかかったメンバーがクラクションを鳴らし、声をかけてくれました。「どこへ行くんだ!こっちだぞ」と。
もしこの偶然が無かったらマルセイユの海岸をひたすら彷徨い続けたことでしょう。
適当にバラバラと集まってくるメンバーが6~7人くらいになった頃カポエイラ開始。
マルセイユの日没は20:00くらいでしたが、灯り一つない海辺が真っ暗になるまでひたすらカポエイラを楽しみました。
その後、闇鍋ならぬ闇シュハスコ。携帯の灯りを頼りに手探り状態でみんなでご飯を食べました。
<メストレ・カマレオン>


現在カポエイラは野球よりもはるかに多い国と地域で行われています。
どこでもかしこでも気軽に交流できるわけではないでしょうが、しっかりと事前に連絡をし、自分の所属グループなどを伝えておくと快く受け入れてくれることが多いです。
仮に現地の言葉が話せなくてもカポエイラが世界をつなげてくれます。
今回新婚旅行の間の数日間でしたが、フランスでカポエイラを通して交流ができたことは本当に幸せでした。
カポエイラを始めるまではこんなこと想像もできませんでした。
次の旅への希望がまた膨らみました。

渡部 健志

20110926

支部長ブログVol.72

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

日本支部代表池村

先日チャリティーTシャツの義援金がまとまったので最後の募金を致しました。
詳細はこちらです。FDJプロジェクト


最終的に総額は1,261,826円になりました。
カポエイラの団体としてこれだけの活動が出来るようになったと言う事は凄い事だと思います。もちろんこれだけで終わるのではなく、長期的にも考えています。7月に開催した昇段式の映像をパッケージにして毎年会員向けに販売しています。
今年はその売り上げの一部も義援金として募金いたします。



館長の来日中に伝統的なカポエイラ音楽をレコーディングいたしました。
こちらも館長の協力の元、チャリティーCDとして販売していきます。まだ製作途中ですが、出来ましたら是非全国のカポエイラ団体の方にも聞いて頂きたいと思います。

皆さまに感謝

代表池村

20110905

ブラジル渡航レポート Vol.24

ブラジル渡航レポート

新潟支部代表綱本



いつかはブラジルへ行きたい。そう思い何年過ぎたことでしょうか。
 INSTRUTORになって3年目、ようやく本部での稽古に参加することができました。
仕事の都合もあり、一週間と短い滞在期間でしたが、とても貴重な時間を過ごすことができました。

 本部での稽古は、このような日程で行われていました。
月曜  レッスン、ホーダ
火曜  上級者レッスン
水、木曜  レッスン
金曜  レッスン、ホーダ
土曜  子供ホーダ(10代の子供が指導、その後ホーダ)
日曜  レッスンは休み、夜は教会へ


 到着した夜は金曜ホーダ、翌土曜は子供ホーダがありました。
ホーダには映像で見たことのある、メストレ、コントラメストレ、プロフェソールもいて興奮を覚えました。
初めて見る大人達、勢いのある10代の子供達、小学生くらいの子供達も皆それぞれに特徴があり、素晴らしい身体能力を持っていました。私は終始圧倒されっぱなしでした。
 2回のホーダを終えた後、自分の帯が重く感じデシオ館長に『ブラジル人は、帯関係なく皆強くて、巧い、私はこの帯が恥ずかしい』と言うと、館長は『CARNEIRO、それは違う、恥ずかしくない』他にも沢山話してくれたのですが、残念ながら言葉がわからず聞きとることができませんでした。

 滞在中、館長から3回個人的に稽古をつけていただきました。

ジンガ、エスキーバ、エスキーバからの蹴り返しが主でしたが、なかなか言われた通りにできなくて、何回も注意をうけました。
張りつめた空気の中行われる稽古。本気で怒る館長の表情は、普段見る優しい顔とは違い、とても厳しく緊張感が漂っていました。しかし、その度に館長は『だいじょうぶ? ta bom?』と力強く声をかけてくれました。

 滞在4日目の月曜ホーダでは、今まで教えていただいた通りの動きができず、あまりにダメ出しをくらい、へこんでしまいました。
遅い夕食後、日本にいる家族の声が聞きたくなりTELをかけ、娘の『パパー』という声を聞いたら思わず泣けてきてしまい、『帰りたい・・・』『本場のカポエイラに触れたし、このままやめるのもありかな~』なんて考えてしまった夜でもありました。
しかし、小さいながらも支部としての活動もさせてもらい、ここまで来た以上はやるしかないので、翌朝からはまた一人で、『こんな感じだろうか?』と自主練を繰り返していました。
 
 滞在7日目、帰国前夜は、私のためにホーダ、シュハスコをしてくれました。
ホーダでは20人くらいとJOGOしました。相変わらず圧倒されてましたが、へロへロになりながらも終えた後は、気持ちの良い達成感がありました。
ホーダを終えシュハスコが始まっても、子供達は練習していました。
私も身体はとても疲れていましたが、子供達に色々教えてもらい、最後の夜はとても幸せな時間を過ごすことができました。

 今年は教会の何周年記念(多分)で3日間フェスタが行われ、教会でカポエイラする機会もありました(アスファルト、しかも坂道でした)
フェスタでは、日本のお祭りのような出店もあり、カントーラさんは日本の食材を使い、焼きそば、おにぎりの店を出し、とても好評でした。



 帰国当日のお昼には、カントーラさんの特別の計らいにより、特別メニューを食べさせていただきました。
食べた物ついては内緒です。

感謝の気持ちでいっぱいです。
 
 初日のホーダを終えた後、館長宅の外でお酒を飲んでいた時に『みんな家族だ』と私に言ってくれました。
私が新潟サークルを初めて間もない頃、サムライ先生が同じように言ってくれたのを思いだしました。
 
 言葉もわからず不安だらけの生活で、稽古では一人へこんでましたが、いつかまたここで稽古をしたい!
そう思わせてくれた一週間でした。
 ここで経験したことを、これからに繋げて行きたいと思います。

 今後渡航を考えてる皆さんへ
不安いっぱいでしたが、一人で行くのもなかなか楽しくて良かったですよ。

注意)代表の許可の元、支部長と言う事で一人で渡航しています。誰でもではありません。