20101115

ブラジル渡航レポート Vol.18

先月渡伯したメンバーによるブラジルレポートです。

東京支部目黒道場主 渡部

Sou Professor

10月23日(土)ついにブラジルでProfessorの帯を取得しました。
Professorの帯を取るまでは今までの記事で述べたように、色々考え行動してきました。
professorとは何なのか?Professorとして自分はふさわしいのか?

今年はItaguaí本部が30周年という事もあり、例年よりも多くのMestreやその生徒たちがBatizadoに訪れてくれました。
今まで日本で帯を取得してきたのとは全く違った環境でのProfessorへの昇段は生涯忘れないであろう経験となりました。
いつもと違う場所で初めて出会う多くのMestre、ContraMestre、Professorともジョゴをし、腰には新しい帯が巻かれました。



しかし、その時の心境はというと、以外に冷静でした。
全身にさぶいぼが出るほどの感動に包まれたわけでもなく、自分が何をやっていたか分からないほど舞い上がったわけでもなく、相手をしていただいた先生方のプレッシャーに押しつぶされそうになったわけでもなく、ただただ冷静に自分のできるジョゴをしました。
あまりにも普通にProfessor昇段のジョゴは終わりました。

今までこの日に向けて色々取り組んできたProfessor昇段が何でこんなにもあっさり終わってしまったのか?それは、ただ、今までも自分は感動的なジョゴを何度も何度も経験してきたからだと思います。
今まであまりにも順調に毎年昇段を重ねてきた結果、昇段への感動が薄れてしまったなんてことはもちろんありません。
確かに帯が新しく切り替わる日は特別です。
しかし、それ以外の日本での目黒道場でのOpen Rodaも、他団体のRodaやBatizadoに行ったことも全て特別でした。

2010年10月23日僕の腰にはAzu ponta verde(青先緑)の真新しいProfessorの帯が巻かれました。
しかし、いつから僕はProfessorになったのでしょうか?
新しい帯を巻いたその瞬間からなんでしょうか?
今では僕がProfessorに昇段することが決まった時からなんだと思っています。
2年前にMestre Décioが「Mão de OnçaはInstrutorの帯をしているが、俺はProfessorだと思っている」と言ってくれたことがありました。
ひょっとしたらその時からかもしれません。

何でこんな傲慢ともとられるような考えをするのか?
それは、僕がCapoeiristaだからです。
僕は一度も敗れることなく10人の相手をぶっ倒してProfessorの帯を取ったわけではありません。
ただ、認められただけです。
誰かがある人をprofessorとして認めたことを周りの人たちも同じように認め始めてくれた時にCapoeiristaはProfessorになるのだと思います。

人それぞれに考えは色々あると思います。
ただ、僕は今後の昇段について一つの目標を立てました。
サプライズな昇段は絶対にしない」と。

20101109

ブラジル渡航レポート Vol.17

先月渡伯した千葉支部代表によるブラジルレポートです。

千葉支部代表 中村


「私たちは家族だ。」
Mestre Decioからずっと与えられ続けていた言葉だが、ようやくその意味を身をもって感じられるようになってきた。
よちよち歩きだった女の子は大きく成長して立派な女性に、
お腹の中にいた男の子はいたずら盛りに、
あどけなかった少年は私の背をとうに追い抜き、
同年代の共に稽古に励んだ仲間は立派な父親に。
町も人も、毎年少しずつ変わっていくブラジル。
年に一度リオの実家に帰る。
私と、私の家族の無事を報告する。

まずはcapoeiraありき、本部道場での稽古ありきというのが渡伯にあたっての心構え。
だからそういう意味では「実家に帰る」という表現は見方によっては不謹慎に思えるかもしれない。
ただ、一年に一度という再開を何度も何度も繰り返すうちに、そういう感覚になっていったことは事実だ。
本当の親族以上に家族らしい会話もなされている。
まずはお互いの無事、家族の健康を確かめ合う。
神様に感謝する。
それからrodaの中で互いの成長を確かめ合う。
これがcordao de contasにおける家族の在り方なのだ。


今年は本部の30周年記念の昇段式。
本部のMestre Vaga-lumeとMestre Mestiçoが2段階目のMestreの帯に、
そしてContra mestre Dungaと日本支部代表のContra mestre SamuraiがMestreの帯に昇段。
特に我が師、Samurai先生の昇段に関しては、生涯忘れられないものとなるだろう。
mestreの昇段というものは別格である。
capoeiraに携わる者であれば容易に想像出来る事だが、その実は想像すら出来ない。
「なんだかよくわからなかったけど凄かった。」
そんな小学生のような感想が一番しっくりくる表現だ。
とにかくあの空間に居られただけで良かった。

Berimbauが奏でられ、歌が添えられ、ジョゴをする。
馴染みのrodaの絵であるはずが、少し違ってみえた。

扉があった。
既に開いている扉だ。
扉に向かって歩くsamurai先生。
リオデジャネイロの名だたるMestre達がその扉の向こうからsamurai先生を招き入れる。
その扉を越えて歩いていくsamurai先生。
そして扉だけが消え、ジョゴをしているsamurai先生だけが残る。

こんな不思議な映像と実際の映像が混じりあってみえた。
その扉が入り口なのか出口なのかは分からない。
ただ、こちらからは見えない世界に行ってしまわれたような気がした。

その不思議な映像の余韻にひたりながら、私は自身のContra mestreへの昇段を受けた。
一緒に昇段したChocolateとともに、たくさんのmestreとrodaの中で会話を交わす。
当然ながらそこにあの扉はない。
ただ「君もあそこに近づいているよ」という証しは腰に巻かれていた。



今回の渡伯は子連れだったこともあり、samurai先生をはじめ同行した皆さんに助けられながらの生活となった。
そして暖かく迎えいれてくださったDecio館長一家。
さらには渡伯中に代行を引き受けてくれた上級生達や、お祝いの気持ちが詰め込まれた映像を送ってくださった生徒の皆さん。
全てに感謝したい。
Muito obrigado!


8月末に膝の前十字靭帯を断裂し、今月中旬に再建手術を受ける。
これらを軽く乗りきる力はもう、日本の、ブラジルの仲間達から頂いた。
あとは真っ直ぐ挑むのみ。

あの扉は開いていた。
開いたままで、閉じることなく消えていった。
あれはきっと誰にでも開かれている扉なのだ。
そして、そこに辿り着くまで歩み続ければ良いだけなのだ。



千葉支部代表 中村

20101105

ブラジル渡航レポート Vol.16 その2

先月渡伯した日本支部代表によるブラジルレポートです。

日本支部代表 池村 Samurai

先日のその1の続きその2

10月23日

30aniversario
Associação de Capoeira
Cordão de Contas
16°Encontro Internacional de Capoeira

30周年記念
カポエイラ協会コハダン・ジ・コンタス
カポエイラ国際大会第16回昇段式

30周年記念と言う事もあり、昇段式にはたくさんのMestre達が駆けつけてくれました。
以下来て頂いたリオデジャネイロのMestre達のお名前(順不同)

Mestre Mintirinha
Mestre Nacional
Mestre Chita
Mestre Polaco
Mestre Malhado
Mestre Chiquinho
Mestre Michel
Mestre Crioulo
Mestre Capa
Mestre Pequeno Jo
Mestra Thiara
Contra Mestra Cleide
Contra Mestre Americo
Contra Mestre Queixudo


当協会所属
Mestre Decio
Mestre Vaga-lume
Mestre Mestiço
Contra Mestre Dunga
(Contra Mestre Samurai)

皆リオデジャネイロでずっとカポエイラを続けている方ばかりで、50年以上の経験を持つMestre達もいらっしゃいます。

こんなにたくさんのMestre達がお祝いに来て頂けたのも、Decio館長の努力や、たくさんの人との繋がりで実現したのだと思います。
11年ぶりにお会いしたMestre Michelは私の事も覚えていてくれました。他のMestre達も何度もお会いする中で、そういえばお前マッサージしてたよな?という他愛の無いお話や、80年代に日本に行った事あるぞと言うお話も伺えます。中にはヨーロッパや中国にも行かれたお話なども。
色々ありすぎてここでは書ききれません。お会いした皆さまに感謝です。

昇段式は15:00開始予定でしたが、たくさんのメストレが遠方から駆けつけてくれている関係もあり、少し押して16:00から

教会の牧師さんのお祈りと挨拶で始まり、先生方によるRoda

MestreメインのRodaで、気後れしているとチャンスを逃してしまいます。胸を借りる勢いでチャンスがあれば入ります。
その中で、Mestre MintirinhaとMestre Nacional Mestre MalhadoのJogoが印象的でした。


皆さんリオデジャネイロを代表する古いMestreで、Mestre Mentirinha とMestre MalhadoはMestre Paranaの生徒で同門だったとか。Vale tudo com jiujitsuの歌にも出てくるMestre Mintirinha、世界的な大会で良く目にするMestre National、同じRodaにいるだけで緊張します。

皆舞い上がって少しでもRodaが乱れると容赦なく激が飛びます。


そんな時間もあっという間に過ぎ、


子供達によるマクレレダンス


子供の昇段式の後、いよいよ大人の昇段式です。

まずMestre Vaga-lumeとMestre Mestiçoが2段階目のMestreの帯(黄色+白)に昇段です。
帯を締める前に、参加してくれた全てのMestreが帯を両手で握りしめ、回していきます。Mestre達の気が帯に込められて行き、最後にMestre Vaga-lumiにはMestre Decioが、Mestre MestiçoにはMestre Nacionalが帯を締めて行きます。ここに新たなレベルのMestreが誕生したのを皆で見届けるという雰囲気です。



~~補足です。~~
当団体ではMestreの帯は4段階あり、各10年置きに一つ上がります。
最初が白+緑のシマ模様
2段目が白+黄のシマ模様
3段目が白+青のシマ模様
4段目は最終段階の真っ白です。
Mestreになった年から30年後に真っ白になると言う事です。


このRodaはまさしくMestreのみしか入れません。そして2段階目以上の帯のMestreでないとこの帯は渡せません。まずはMestre Nacionalが直々にJogoを開始します。

さすがはMestreのみのRodaです。言葉では言い表せない光景が目の前で起こります。映像もありますが、映像は情報にすぎません。この空気を感じたものでないとこの事は語れないのだろうと本当に思います。新参者の私ごときがおこがましい気もしますが、責任を持って書かせて頂いています事をご理解下さい。

ほぼ全員のMestre達のJogoが終わり、今度は私の名前が呼ばれましたそこでサプライズの日本支部からのお祝いのメッセージがプロジェクターで流れ、大変驚きました。長い事カポエイラを続けて来ましたがこんな事は初めての経験でした。皆さんありがとうございます。少し笑えましたが。

ここでも同じように、来て頂いた全てのMestreに帯を握ってもらい、帯に気が入ります。私は日本人としてこの場に立っていると言う事を強く意識していました。そして、一人ひとりのメストレ達が帯を握るたびにこちらを見てくれると同時に、自然と会釈をしていました。感謝の気持ちと、これから宜しくお願いしますと言う気持ちを込めて。
最後は我が師であるMestre Decioに帯を締めてもらいます。


最初のJogoもMestre Decioと開始します。


続けてMestre Capa


Mestre Chita


Mestre Mestiço 写真がボケました。


Mestre Nacional


Mestra Thiara


Mestre Chiquinho


Mestre Crioulo


Mestre Michel


Mestre Vaga-lume


ここまで連続でMestre達とJogoをするのは初めてです。4年前Contre Mestreに昇段する時もそうでしたが、今回は特別でした。Mestre NacionalやMestre Criouloに、息が上がっているのが伝わり、握手する時に呼吸を整える時間をもらいました。そんな時はTa bom?という質問にうなずいたら再開です。

まだ映像をしっかり見ていませんが、何をしたかほとんど記憶にありません。終わってから、脇腹が痛いのはなぜだろうと思ったくらいで。とにかく全てのスイッチをオンにして挑んだ事は確かですが、非常に疲れたのは言うまでもありません。

そこからはContra Mestre、Professorと続いて行きます。
同行した千葉支部代表中村、神奈川支部代表中嶋、目黒道場主渡部がこの辺のレポートをしてくれると思いますので割合させて頂きます。

今年は見送りか、、、、と思っていたContra Mestre DungaのMestreへの昇段が最後の最後でサプライズであり、心から喜びました。


皆本当におめでとうございます。一年に一度のBatizadoは日本もブラジルも変わりません。昨年Mestreに昇段するぞとMestre Decioに言われた時は冗談かと思いましたが、Mestre Decioはその手の冗談は絶対に言いません。ですので覚悟を決めてうなづきました。
Dungaに関しても決まっていたようですが、家庭の事情があり、なかなか思うように稽古ができておらず、今年こういった形で最後に昇段すると言う事になったようです。本人はしっかり稽古して心も体も受け入れ態勢が出来てからという気持ちがあったのでしょう。ですがDecio館長が判断する事ですから、私達はただ覚悟を決めてうなずけば良いのです。その変わり、Mestreという帯には責任がありますので、ふざけた事は絶対に出来ません。

昇段式の後の打ち上げで、たくさんのメストレと話をしました。
一様に言われた事は、責任
カポエイラ家としてしっかりとカポエイラを伝えていくと言う事、そして普段からMestreとして立ち振る舞わなければいけません。

一番これは思った事も無かったと感じた事は、『道』について。
Mestreとは今までとは違う『道』を歩むのだと言われました。

一人前だと言う事で、Mestreが歩けばそこが『道』になると言う事なのかと個人的にはとらえました。

まだ新参者で何も分かりません。
ですが責任を持って歩ませていただきます。

本当に有難うございました。感謝

2010年11月6日
Mestre Samurai


参考までにメストレの年齢と本名
Mestre Mintirinha 1950- LUIZ AMÉRICO DA SILVA
Mestre Nacional 1947- ADALBERTO DE SOUZA ALVARENGA
Mestre Chita 1947- Itamar da Conceição Magalhães

20101103

ブラジル渡航レポート Vol.16 その1

先月渡伯した日本支部代表によるブラジルレポートです。

日本支部代表 池村 Samurai

先月14日~28日までの約2週間、リオデジャネイロ本部30周年記念、第16回昇段式へ参加してまいりました。今回は写真をたくさん撮りましたので、絵日記のような感覚で読んで頂ければと思います。

10月14日
成田空港第2ターミナル
アメリカン航空60便 18:05発
ダラス-サンパウロ経由リオデジャネイロ行き

成田-ダラス 11時間30分
乗り継ぎ時間 2時間25分
ダラス-サンパウロ 10時間15分
乗り継ぎ時間 4時間20分
サンパウロ-リオデジャネイロ 1時間15分
合計29時間45分の長旅です。
今思えば本当に長いと思いますが、当日は頭を空にして、時間の事は考えないで楽しもうと思い、実際よりも短く感じました。


ダラス空港

ダラスでは乗り継ぎ時間がほとんどなく、空港内をふらっとしたら乗り換えゲートにて待機と言う感じ。
サンパウロでようやく一息

エスプレッソコーヒーとエンパナーダカルニ
機内のコーヒーがお世辞にも美味しいとは言えなかったので、サンパウロで飲むコーヒーに感動。
帰りも同じカフェバーで同じ物を注文したほどだ。
パイ生地に包まれた具は、ピロシキのような感じで非常に美味しい。

リオの空港についてゲートを出る前にドルからヘアウに両替

今回初めて100ヘアウ紙幣を目にする。
50が当たり前なので、なんだか新鮮だ。

ブラジルでの日常は個人ブログに書かせていただいたので、軽く日常と、昇段式メインに書かせて頂きます。
個人ブログはこちら クリック

日常生活
リオデジャネイロでの生活は、主に稽古か昇段式の準備。私達日本人が生活するスペースは、Mestre宅の2Fのスペース。3部屋とリビング。キッチンは無く、トイレとシャワーが付いた空間だ。

2Fの洗濯物干しスペースからはこんな光景が。

3部屋と言っても、ベッドがあるくらいで寝る以外では何も無い。私は、今回初めてリビングのソファーベットで過ごした。リビングに一人なのでなかなか快適でした。ただ、トイレの目の前なので、皆が気を遣ったのではないかと言うのが本音だが、まあ良いでしょう。

日中はクラスの無い時間は早めに来た生徒達が自主練習をしている。
学生が多く、自主練習と言っても大技の練習がメインだ。

Mestre Vaga-lumeの息子であるビットは、口数は少ないが技は多い。

Grifoは身長が伸びてもはや私の身長など通過点であろう。


昇段式前は主に出し物。マクレレやサンバの練習がメインになっていた。
道場は空気がこもりやすいので皆裸で元気に練習する。


アタバキは好きな子は本当に上手だ。サンバを叩かせたら物凄い事になる。しかも皆それぞれ叩き方が違ったりするので、勉強になる。ちなみに写真の子はまだそれほど上手くない。


あとは帯を作ったり、ビリンバウを作ったり。

今回は皆で手伝ってみた。若手には良い勉強になる。

ナタでバケッタを削り出す。


ガスボンベから直接コンロに繋ぎ、レンガの台に乗せて鍋で煮込みながら染めていく。


染め終わった帯を日陰干し。

仕事の後は1階のMestre宅での美味しい昼食が待っている。

毎日おいしい食事を有難うございます。

昇段式まではこんな毎日が続き、夜はレッスンかホーダ。
レッスン前に

最高師範Mestre Decioと


Mestre Vaga-lumeと


大先輩Professor Cotoneteと


今年Contra Mestreに昇段したChocolateと

ホーダの映像はいくつか録画してきたので、昇段式の映像とまとめて団体内で回していく予定です。しばしお待ちを。

なんだか長くなってしまったので、その1とさせていただきます。
昇段式や今回の感想などはその2で書かせて頂きます。

ではでは

代表池村

20101013

支部長ブログ Vol.58

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

千葉支部代表中村



体育の日


10/11(月)、杉並区の荻窪体育館で行われた体育の日のイベントに招待されました。
様々なスポーツや武道、ダンスをだれでも無料で体験できるというもので、さまざまな年齢層の方々が参加していました。



私を含め23名の団体員でこのイベントに参加させていただきました。
普段教えられる立場の生徒さんたちもこの日は立場逆転。
新たな発見もあったと思います。



一年以上前から杉並区の荻窪体育館で不定期ですが子どもクラスを行っています。
その縁もあって今回このお話をいただきました。




まだ日本において市民権を得ているとは言い難いCapoeiraですが、こういった公のイベントに加われたのは杉並区の施設関係者のご厚意によるものです。
私も含め団体員全員が良い経験をさせて頂きました。
ありがとうございました!




capoeiraは偉大です。



中村

20101003

支部長ブログVol.57

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

日本支部代表池村

本部設立30周年(1980-2010)

今年2010年は、カポエイラ協会コハダン・ジ・コンタス、リオデジャネイロ本部設立30周年です。



そして10月23日(土)は昇段式が行われます。
30周年と言うことで、他団体のメストレ達が何人もお祝いに駆け付けてくれるそうです。
そんな特別な年ということで、日本支部からは11人がブラジルへ行きます。
一度にこの人数が行くのは初めてで、共同生活もどうなることかと心配ですが、行ってしまえばなんとかなるものです。

現地でも、11人もの日本人が駆け付けたと言うことは珍しいことだと思いますので、日本人として恥の無いような振る舞いをしてきたいと思っております。
今回は特に、日本にも今ではカポエイラがあるという事を知ってもらう良い機会だとも思っております。



ブラジルでの生活
日常生活では、あまり目立たないよう街に溶け込む振る舞い(日本人と言うだけで目立ち、強盗などのリスクが高い為)を心がけるのですが、いざカポエイラになれば、しっかりと胴着を着こなし、礼儀正しい言動や行動を心掛け、最高師範に迷惑をかけないように(当たり前なのですがあえて書かせて頂きます)さすが日本支部だと言われるくらいの気持ちで日々過ごしたいと思います。

共同生活では、水の心配くらいかなと思っていますが、この水がまず、飲み水、シャワー、水道(トイレ含む)、そして雨漏りと、とにかく水に関しては重要なトラブルが頻繁に起こります。



現地では、最高師範のご自宅の2F部分のトイレとシャワーの付いた宿舎をお借りします。8人分のベットと居間がある広さですが、11人と言う事で、居間にも寝転がる事になりそうです。ですが、いさせてもらえる場所は何と言っても師範ご自宅の2Fで、3Fは本部道場です。これほどまでにカポエイラに集中できる場所はありません。常に師範と行動を共にし、同じ食事、同じ稽古ととにかく修行という言葉がふさわしい環境ですので、吸収できる事は吸収し、逆に、若手の生徒達に、異文化の刺激を与えられればとも思っております。

また、私達なりのお手伝いを極力(全力です)してきたいと思います。邪魔にならないようにすると言う事も大事ですので、今風にいえば空気を読み、短い期間を有効に過ごしていく努力をして来れれば、帰国時の満足感は何とも言えないものとなる事でしょう。

私は毎年昇段式の時期にお邪魔させて頂いております。それ以外の時期はわりとゆっくりとした時間が過ぎ、稽古に集中する事も大事ですが、ブラジルの文化を感じて溶け込む事もまた大事だと思います。そこで初めて気付く事が多いからです。



ただ、今年は特別な時期で、昇段式、30周年と言う事ですので、今回は特に日本代表のような気持ちで行ってきたいと思います。(いつもその気持ちはあります)

帰国後の土産話を楽しみにしていて下さい。

留守の間は各支部のインストラクター、アシスタントの方にフォローしてもらいます。
「任せて下さい」と頼もしいお言葉を頂いておりますので、安心していく事が出来ます。
皆さんが日々稽古し、向上していく中で、責任と言う言葉が付いて回ります。任せると言う事は信頼関係の上に成り立ちます。そして任せた側にも同じ責任がかかります。ですがこれは当たり前の事で、勝手に起こる事ではありません。

ですので、大袈裟かも知れませんが、日本支部を背負って行ってまいりますので、皆さんも留守中の日本支部をよろしくお願いします。

感謝

代表池村

20100928

支部長ブログ Vol.56

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

東京支部目黒道場主 渡部

Parabens!

昨日、目黒道場で8月のバチザドに出れなかった生徒さんの昇段式を行いました。
休みにもかかわらずContaraMestre SAMURAIさんに来ていただき、少人数でしたが良い昇段式を開くことができました。
大きな舞台で昇段するのも良いですが、家族みたいに良く知っている人ばかりのこじんまりとした昇段も良いですね。

20100927

支部長ブログ Vol.55

月毎にランダムに東京・千葉・神奈川・静岡・新潟支部長が記事を書いて投稿していきます。

東京支部目黒道場主 渡部

O que é PROFESSOR?

9月25日(土)に目黒道場でオープン・ホーダを開きました。
今回の主旨は「Mão de Onçaはプロフェッソールにふさわしいのか?」でした。

それぞれの団体においてプロフェッソールになるための条件は色々あると思います。
ある程度の期間しっかりと稽古を積んできている、色んな技が正確にでき使い方を理解している、ビリンバウのリズムを弾きこなせる、歌をしっかり歌えるなどです。

ただ、僕としてはそれだけのプロフェッソールにはなりたくありません。
他のグループでカポエイラをしている人たちにも認めてもらわなければ自分の帯に価値がないと思っています。
これについては人それぞれの解釈があるので、あくまでも僕個人の考えであることをご了承ください。

僕は東京に来てコハダン・ジ・コンタスに入って以来、ずっと色んなグループのホーダやバチザドに参加してきました。
グループは違えど、一緒にカポエイラをやっている人たちはみんな仲間だと思っています。
最初3年くらいは自分が強くなるために乗り越える踏み台だと思っていた時期もありましたが・・・。
そんな仲間たちにも認めてもらいたいという気持ちはとても強いです。
今まで一緒にカポエイラをやってきた他のグループの人たちにも「Mão de Onçaは立派なプロフェッソールだ」と思ってもらえることによってコハダン・ジ・コンタスのプロフェッソールの価値が日本で保てるのだと思っています。

今年3月に生徒5人とメストレ・デシオの奥さんであるカントーラさんとバイーアに行ってきました。
そこでカントーラさんは出会うメストレごとに僕のことを「Ele é Professor Mão de Onça(彼はプロフェッソール・マオン・ジ・オンサです)」と紹介してくれました。
何でか?とカントーラさんに問うと、「生徒をこれだけ連れてバイーアのカポエイラに来ているあなたがプロフェッソールでないとその価値を認めてもらえない」と言われました。
今の自分の帯であるインストルトールではだめだったんです。
それを聞いたときほど自分のプロフェッソールになることの責任感を強く重く感じたことはありません。

僕は10月23日にリオ・デ・ジャネイロのイタグアイで開かれるコハダン・ジ・コンタス本部のバチザドでプロフェッソールに昇段してきます。
昇段するまでにできる限り自分の価値を高め、昇段後もその価値を日本中に示していきたいと思っています。


先日のオープン・ホーダではトリボ・ダ・ルア、マラナ、グルーポ・テンポ、ナセウ・ソウ、アシェ・ダ・バイーア、ヘジョナウ・ジャパオン、フィーリョ・ジ・ビンバ、マンジンガといったグループにも参加いただき、参加者の総人数が50名を超える大きなホーダを開くことができました。
これだけ集まっていただけたことにただただ感謝です。
これに満足することなく精進していきたいと思っています。

子どもたちの手がもう少し傾けば「Mão de Onçaはプロフェッソールとしてダメー!」だったかもしれません。